夢の捨て方

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 きらきらと、手のひらの上で輝くものがある。氷のように透き通っているが、手のひらの熱が伝わっても溶けることはなく、ただ光を反射してきらきらと光っている。  京香はその石のことを知っていた。水晶。パワーストーンとして最も有名なその鉱石は京香が鉱物という存在を知ったきっかけの石だ。  手のひらに乗っている水晶は直径一cmほどの球体だ。摘まみ上げて中を覗き込めば、幼い京香が鉱石図鑑を読んでいるところだった。水晶の中の京香はゆっくりと成長していく。その傍らには鉱石があった。  小学校一年生の冬、貯めたお小遣いで小さな水晶の結晶を一つ買った。  中学校二年生の夏、石好きな友達と初めてミネラルショーに行った。  高校三年生の秋、地学部の新入生歓迎会として部員全員で翡翠を拾いに行った。 「懐かしいな」  水晶を覗きながら京香は目を細める。幼いころから集めた鉱石のコレクションは一人暮らしをするためにほとんど実家に置いてきてしまった。だからいまの京香の部屋にある鉱石の数は両手の指で足りるほどだ。……それらは目に入ることがないように小箱に入れてクローゼットの奥底に封印しているが。  水晶の中の京香は大学生になり、いまの京香とほぼ変わらない姿になった。水晶の中の京香はずっと鉱石とともにあり、笑顔だ。  それが、急に変化した。  大学四年生の春、ある宝飾品メーカーへの就職が決まった。  びき、と水晶から鈍い音が響いた。慌てて水晶を目から離すと中央に向かって小さなひびが入っている。さらに水晶の内部に墨のような黒いもやが漂っていた。驚きで硬直している間にもひびは増え、もやも濃くなっていく。もやの中で水晶の中の京香が大学を卒業したのが見えた。  ばりん。  とうとう水晶が割れ、飛び出した黒いもやが京香を覆いつくした。
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