桜颪と

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「そうだ……花見をしよう」  なんてCMみたいに白雪が言ったのは、部活終わりに寄ったフードコート。 「花見つってもどこでやんだ」 「んー、すぐそこの公園とか……」 「いや、それならいつも見てるしちょっと新鮮味がないよね」 「だよな」  厄介な行動力とは裏腹に計画力が皆無の二人はひとまず放っといて。箱ポテトを受け取ってきた小田切に訊ねた。 「なあ、花見しようってなったんだが。小田切も行かないか?」 「ん……、花見行くの?」 「ああ、まだ場所どころか日程すら決まってないけどな」 「ちょっと待って」と言い小田切はカーディガンのポケットに手を入れるとスマホを取り出す。 「え、と今週の土曜だったら参加できる」  小田切が言うやいなや。 「部活もないし、どうせ俺たち暇だから土曜でいいよな?」 「俺は全然いいよ。星宮はどう?」 「……俺たちって括られたの癪なんだが。たしかに土曜は暇だけど」  俺が白雪を睨むと。 「癪って……ちょっと酷くね」  肩を叩かれ振り向くと 「ねぇ、三溪園とかよさそうじゃない。そこそこ近いから交通費が安く済むのと、穴場だからあんまり人がいない。それに外苑なら弁当も食べられる……どう?」 ※ ※ ※  一週間後の土曜の十時半。俺は三溪園の入り口に立っていた。開園直後に着いたから、かれこれ一時間ちょっと棒立ちしている。 「中で待ち合わせすればよかった」  このまま立ってたら入場の邪魔になるかもしれない。それに場所取りもする必要がある。あと、そろそろ座りたかった。  どうせまだ来ないだろうし後で連絡すればいい。そう考え入園料を支払うと、俺は一足早く花見を始めることにした。 「ここでいっか」  手前には枝垂れ桜と、見慣れたソメイヨシノ。そして奥には山桜。とりあえずで決めた場所にしては絶好のロケーションで思わず口角が上がる。  花見といえば座るイメージしかないが、レジャーシートや椅子の持ち込みは禁じられている。かと言って前日の雨で濡れた土に直で座る気にはならない。 「サイズ的にこれは使っても大丈夫だよな……流石に」  折りたたみクッションの上に腰を下ろし、三人にラインを送ると、すぐに既読が付いた。いよいよ手持ち無沙汰になり、ひらりと舞う花びらを眺める。  散った花びらが(ゆるし)色のカーペットみたいで、伊勢物語の一節を思い出してしまう。そういえば、「これはな……」と教えてくれた先輩は元気にしてるだろうか。  面倒そうな顔をするくせに、なにかと手伝ってくれた先輩。試合終わりにはアイスを奢ってもらったし、傘を忘れた日は傘を貸してくれた。とにかく彼のお陰で部活に早く馴染めたのは言うまでもない。  なのに、そんな彼を俺はほんの少し憎く思ってしまっている。  なんてノスタルジーに浸っていると。 「ごめん、遅れた」 「……ごめんね」 「いや、小田切は別にいいんだが……どうせこの二人のお守りで遅れたんだろうし」 「その、今回に関しては違うというか」 「わり、さっき先輩に会ってさ……乙女全開になった桜を連れてくるのに手間取った」 「ああ、なるほど」  いつもサバサバしている小田切が、先輩に話しかける時だけ乙女チックになる現象を二人は先輩の苗字と恋の病を文字って「Tシンドローム」と呼んでいた。  とはいえそれは部活でほぼ毎日会ってた中学時代の話。二年ぶりに会ったとなれば多少箍が外れてもおかしくはない。 「は? いや、わたしはいつも乙女だけど?」  鰄は不満さを露わにする小田切を見て、堪えきれなかったのか噴き出す。 「いや、あれは乙女だって。なんつーか少女漫画のワンシーンみたいな」 「毎日会ってる俺らですらときめきかけたってのに……肝心の先輩は麩を食ってる鯉に夢中っていう」 「あの人相変わらず残念なのか」 「……まぁ、先輩だし仕方ないけどさ」  頬を紅潮させ項垂れた彼女に、俺は無言でマットを差し出した。 「……ありがと」 「あの、俺らの分は?」  白雪が伸ばした手を叩き、烏龍茶のボトルを投げつける。 「とりあえず……お前らは立っとけ」 ※ ※ ※  花見を始めて二〇分。  二人はとうに反省したようだったのでクッションを渡すと、すぐに座った。とはいえ胡座など組めず、正座で小田切の様子を伺う様は殿と臣下のように見える。 「いや、ごめんて」 「その……揶揄いすぎたのは反省してる」  二人の謝罪に対し、小田切はにこりと笑って。 「絶対に許さない」  思わず絶句した二人に、小田切はくすりと嗤うと。 「まあ、先輩の堕とし方を考えてくれるなら許したげてもいいけど」 「マジで言ってる?」 「それって暗に許さないって言ってるよね」  「あんたたち失礼ね。ラインは交換してもらえたから……まだ脈はあるはず」 「いや、連絡先の交換しただけで脈ありって……」 「重い、重すぎるよ」 「どうしてこうなるまで放っておいたんだ」 「え、そんな重い? 星宮はどう思う……やっぱあたしって重い?」  首を傾げ訊ねる彼女に俺は 「あ、ああ、普通なんじゃないか」  と返すしかなかった。 ※ ※ ※ 「え、と……どうやって堕としたらいいんだ」 「とりあえず先輩のタイプとか書いてこっか」  鰄がウエストポーチからミニノートを取り出し、それに箇条書きしていく。 ・ホモサピエンス ・女性 ・気が利く ・優しい  上の二つは白雪が書いたものだとは言うまでもない。 「書けるだけ書いたわ」  白雪はやり切った感を出しているが、その二つは大抵の男がそうだと思う。 「全然思い出せないな……あんなに喋ったのにタイプの話とかしなかったっけ」  鰄が小声で漏らす。が、そんなことはない。恋バナとかも誘われたら普通に参加してた。ただ、先輩は聞くだけ聞いて自分の情報は一切出さなかった。それだけのこと。 「え、と……なんも書いてないけど……星宮はなんか知ってたりしない? 正直星宮だけが頼りなの」  上目遣いで見つめてくる小田切と「えっ!?」とショックを受ける二人。  俺は無意味だと知りつつ視線を逸らす。ただ先輩の堕とし方の案を出すだけ。ただそれだけなのに、こんなに気が重くなるとは思わなかった。 「ほら、あの人残念だろ? だからストレートに伝えるしか無いんじゃないか?」 「ふむ……例えば?」 「バレンタインにチョコを渡されたらいくら鈍くても『もしかして俺に気があるんじゃ』……と思うんじゃないか」 「なるほど……」  ほんの少し、小指の先くらいでいい。俺にもその感情のお裾分けが貰えたら。なんてあり得ない妄想をしてしまうあたり俺も恋の病魔に蝕まれているらしい。  雀の囀りが聞こえた直後、ぽとりと落ちた花弁が小田切の髪に乗った。それを手に取ると彼女は保存袋にしまう。 「桜の押し花で栞作ったら本を読む度にあたしのこと思い出してくれるかなぁ」  小田切の柔らかな笑みに胸がちくりと痛む。それを隠すように俺は白雪の烏龍茶をラッパ飲みした。  
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