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「そうだ、波戸さん、この幸守くんにも遂に“春”が来たよ」
左門寺は思い出して、すぐに波戸に言った。
この時の“春”というのは、彼が恋をしたということを意味していた。幸守はそれを否定していたが、波戸は喜んで、「どんな人なんです?」と二人に聞いたのである。左門寺は「まるで幸守くんの小説に出てくるような女性ですよ」と答えると、波戸は「それはよかったじゃないですか!幸守先生ならすぐに仲良くなれますよ」とまた喜んで言ったのである。
「なんで波戸さんが喜んでるんですか。ってか、なんで俺の否定の声は届いてないんだよ」
「あら。じゃあ違うんですか?」
「当たり前じゃないですか。そもそもその女性にだって、行った先の店で偶然見かけただけなんですし」
「たまたま見かけただけの女性を凝視するなんて、君は相当な変態なんだね。性犯罪者になる素質があるよ」
幸守の否定の言葉を逆手に取り、左門寺は鼻で笑いながらそう話した。そして彼のその発言から、“性犯罪者”という部分だけが耳に残ったのか、波戸は「幸守先生、性犯罪はダメですよ」と真剣な口調で言ったものだから、幸守は必死にそれも否定する。
「違いますから!性犯罪なんてしてませんし、その素質もありませんから!」
反論する幸守に、「それだけ必死になるところも逆に怪しいぞ」と左門寺がさらに追い打ちをかける。
「ずっと長い間お前の助手的立場を担ってきたこの俺を陥れて楽しいか?」
冷めた目をして幸守が言った。左門寺と波戸はケラケラと笑って、二人とも冗談だよ。と言った。そんな時である。左門寺のスマートフォンが鳴り響いた。液晶を見て、彼の表情は少し険しくなる。彼はその電話に出て、相手が知り合いの菊村尚侍警部であることに気付き、「今度はどんな事件ですか?」と聞いた。その場のそれまで楽しい雰囲気が一変していた。
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