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その死体を見て、火箱薫刑事は、自分が人の死に対して“慣れ”を感じてきていることに気付き、内心驚いていた。
目の前には、イスに縛りつけられて、体の前の方、胸から腹にかけて数えて13ヶ所も刺されて絶命しているその男性の遺体を見ても、目を覆うこともなくなっていたのだ。そのことに気付いてか知らずか、菊村尚侍警部が「慣れてきたな」と話しかけた。そのことにまた驚いた薫は、ギョッと目を丸くした。
「何だ?そんなにびっくりすることがあったのか?」
「いえ、何でもありません」
薫は平然を装い、事件の話に移る。
「死因は、刺殺ですか?」
「あぁ。13ヶ所も刺されてる。そのうちに致命傷と思われる傷が幾つかあった」
そんな会話を交わす二人のところへやって来たのは、鑑識官の久米次郎であった。彼は菊村と同期で、プライベートでも仲が良い。無精髭を生やし、スーツをだらしなく着ている菊村とは違って、清潔感のある中年男性である。
久米次郎は「よぉ、お二人さん」と話しかけながら、その視線はイスに縛りつけられた絶命しているその男性に向けられていた。
「ひどいことするよな。どんだけ恨み持ってたのかな、この人に。わざわざ13ヶ所も刺すなんてよ」
「被害者が亡くなった後も刺してるんだよな?」
菊村はそう聞いた。
被害者の体には13ヶ所もの刺し傷があるが、その中にはその傷から血液が流れていない箇所もある。これは、被害者が亡くなった後にも刺されたという証拠である。
「あぁ。そもそも13ヶ所も刺されて、最後の一撃まで生きてた奴を見たことがないよ」
「こんな夜中なのに、いったい誰が“彼”を見つけたんだ?」
「若いカップルみたいですよ。肝試しでこの森林に来たみたいです」
薫は、肝試し目当てじゃないと思いますけど。と付け加えた。どうせいやらしいことをしにきたのだろうと、彼女は思って寒気を覚えていた。
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