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「あのな、俺は刑事だった時期もあるんだ。ブランクがある人間がそう軽々と獲れるもんじゃないんだよ。賞レース舐めんなっての」
別に幸守が全然狙っていないわけではない。今はまだ獲れる位置に自分はいないと、彼は自負していたのである。
「それで、先に30歳を迎えた左門寺先生の今年の抱負を聞かせてもらおうか」
「抱負?そんなものはないよ」
「なんで?独身貴族生活からの脱却とかは?」
「結婚?まさか。僕がそんな柄に見えるのかい?」
「お前だって人間だし、男なんだから、女は好きだろ?」
「女という生き物は僕にとって最大の敵だね。奴らには“理論”というのが通用しない。それより、君はどうなんだ?」
「俺もお前と同じだよ。作家はな、ほとんど外に出ないから出会いなんてないんだよ」
「それだからいつも君の小説に出てくる女性はどれも同じような感じなのか?少しは“女”というものを勉強したらどうだ?」
「お前に言われたくないわ!」
そんなつまらないことを言いながら、幸守が周りを見回すと、そこにはまさに彼が憧れを抱く理想の女性が席に座っていて、一人寂しくフランス料理を食していたのである。その人のところで彼の目が止まり、左門寺はその視線を辿って、彼もその女性に視線が行き着く。
「まさに君のタイプの女性だな」
その女性は、黒髪で、少し童顔。見た目では、20代前半ぐらいに見えるほど若く見える。しかし、その雰囲気は大人の空気を漂わせていて落ち着いている。ナイフとフォークの扱いも正しく、粗相がまったくなかった。彼女をずっと見つめてしまっている幸守に、左門寺はこう言った。
「向こうは一人だ。惚れたなら声掛けてきたらどうだ?」
「んなッ馬鹿!そんなんじゃねぇよ!」
幸守は慌てて彼女から視線を外し、目の前の料理を食べ始める。
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