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四月一日
藤本あかりにとって、四月一日は不幸の象徴とも言えた。
二年前のこの日。
あかりは『家族』と『婚約者』、そして『仕事』を一度に無くした。
別に交通事故などの不慮の事故で亡くしたとか言う、ドラマみたいな話では無い。
ドラマみたいな話と言えば合っているのかもしれないが、『家族』と『元・婚約者』も生存している。多分。
当時、ブライダル会社に勤めていたあかりだったが、同僚の山村和則と婚約していた。
結婚式の準備も順調に進んでいた。
結婚式まであと一月。
そして迎えた四月一日。
舞台は藤本家のリビング。
妹『みのり』の、演技じみた涙から始まった。
『お姉ちゃん…、ごめんなさい…』
リビングには、父と母、妹、婚約者の和則。そして初対面の男性がいた。
この面々が揃っている状況で、何故か1番最後に招かれたあかりは、事態が掴めなかった。
何故、婚約者が自分に同行する形ではなく先に自分の自宅にいて、尚且つ妹の隣りに座っているのか。
そしてこの、初対面の男性は誰なのか。
困惑するあかりを尻目に、みのりは涙を流し始める。
『…和則さんと私…愛し合ってしまったの…』
『…え…?』
あかりの正面に座る、みのりと和則はお互いに身を寄せ、さながら悲劇のヒロインとその恋人だ。
『…みのりは悪くないんだっ!!…元を言えば…あかり…、君が…俺の側に居てくれなくなったから…』
『…は?』
和則からの言葉が一番理解が出来なかった。
確かに最近は、和則と過ごす時間も中々取れない状況だった。
しかしそれは、和則のせいでもあった。
同じ会社で勤める二人。
恋人だったからなのか、和則は自分の仕事もあかりに押し付ける事が多かった。
そしてそれは、最近は特に酷かった。
しかし基本的に揉め事の嫌いなあかりは、納得がいかないながらもその仕事を請け負っていた。
なのにも関わらず、側に居ないあかりが悪いとは、これ如何に。
放心していると、既に二人は恋人で子供がお腹にいるという。
そんな事実を、隣に座る両親はニコニコと聞いている。
藤本家では、大人しい長女あかりよりも、自由気ままで我儘な次女みのりが可愛がられていた。
そんな両親はみのりの妊娠を喜び、あかりに告げた。
「あかり、あなたの結婚式…みのりがしたら良いわ」
自分の母が他人のように思えた。
頭が働かない。
あかりを取り残したまま、話は進んでいく。
「会社は、和則君がエリアマネージャーに昇進する事が決定しているらしいし、あかりがみのりの恋人を略奪しようとしていたと伝えてある。」
父がそのように告げた。
「明日出社した時点で、会社からはお前に勧告があるだろう。…自主退職の。」
自分の知らぬ間に外堀が埋められ、婚約破棄、そして就業先も無くそうとしていた。
呆然としている所で、みのりが口を開いた。
「あ、そういう事で、聡一さん。あなたとも今日でお別れします。」
更に驚く事実を、みのりは口にした。
今まで付き合っていたであろう男性がいて、平然とあかりの婚約者を略奪したのだ。
しかもその事実を、和則も両親も知っているという事だ。
しかしそれはすぐに覆された。
「…はぁ…。私は構いませんよ。…と言うか、別にあなたと交際関係にあった訳でもないですし。」
聡一と呼ばれた男性は、しらっとした表情でそう答えた。
それにみのりは「えっ!?」と声を上げている。
聡一とは、みのりが勝手に付き合っていたと勘違いした関係だったようだ。
「…ここに呼ばれた理由も分からなかったのですが、まぁ『付き纏い』が治まるのであれば有難い」
そう言うと、聡一は「さてと」と声を出しながら立ち上がった。
そして隣りに座ったあかりの腕を掴み、一緒に立ち上がらせた。
「とりあえず、アナタもここに居ては『針のむしろ』でしょう?急いで必要最低限の荷物を纏めて下さい。さ、早く」
そう言うと、あかりの腕を掴んだまま、足早にあかりと共にリビングの入口まで歩く。
そうして入口で振り返った。
「…あぁ。自己紹介をしていませんでしたね。」
聡一は目を眇め、そしてリビングに取り残された面々に向かって言った。
「上村聡一と申します。弁護士法人メディエイトのイソ弁をしております。」
そして笑顔で続けた。
「ストーカー行為の証拠集めに来たんですが、彼女の不貞行為に関しては目の前で証言して頂いたので、中々…簡単な仕事になりそうです。」
リビングにいる面々の表情が固まった。
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