6人が本棚に入れています
本棚に追加
5
4月の終わり。土曜の夕方。
高校に入学してから新しく入った塾の授業が終わり、私はビルを出てバス停に向かって歩きだした。
夕暮れ時の街は茜色の光に包まれて、やわらかく暖かい。行き交う人達の顔つきからも日曜を前にした解放感と華やぎが感じられて、ちょっと楽しい気分になる。と言っても私にはこれから遊ぶ予定もなく、ただ帰宅するだけなのだが――。
思えばこの一月の間、転居と高校入学とでバタバタと落ち着かなかったけれど、ようやく新生活に慣れ、周りの風景を味わう余裕が出てきたみたいだ。
中学卒業のタイミングで、うちの両親が別居した。
私は母と共に前の家を出て引っ越し、現在は祖母と一緒に3人で暮らしている。
私が高校を卒業したら、両親は離婚するだろう。
母は昨年、仕事をパートからフルタイムに変え、今では化粧品販売会社の正社員になってバリバリ働いている。新しい塾に入ったのも母の意向だ。離婚するからこそ娘をちゃんと大学に行かせたいという意地があるらしい。
私自身は、勉強は嫌いじゃないけど好きでもない。かといって、これといった特技もないし高卒で就職して社会に飛び出す自信もない。だからとりあえず、今は勉強を頑張ろうと考えている。近いうちにバイトも始めるつもりだし、何とか両立させつつ進学に向けてやっていこう、と。
バス停への道の途中、通りすがりに大型の書店があった。
英検用の問題集が必要なのを思い出し、私はその本屋に入って語学コーナーに行くと、(本当はマンガを買いたい気持ちを抑えて)使いやすそうな問題集を1冊選び、レジへ向かった。
「袋はご利用ですか?」
「大丈夫です」と答えてスマホを読み取り機にタッチする。
ふと、レジの店員さんの名札が目に入った。『岩本』と書いてある。イワモト…ってどっかで聞いたような――?顔を上げた瞬間、ハッとした。
目の前に、上杉(岩本)くんが立っていた。
「ありがとうございました」
その一瞬、視線が合った。前髪の隙間から覗く、あの鋭い眼差し―――。
とっさのことで何も声が出ず、私は軽く会釈して商品をカバンに入れると、そのまま足早に店を出た。
バス停まで急いで歩き、ちょうどやってきた帰りのバスに乗り、空いていた後部座席の端に身体をうずめる。と同時に、はぁーっとため息が出た。
最初のコメントを投稿しよう!