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思えば、私はあの頃「ねー」ばかり言っていた気がする。そして、その全てを上杉くんは受けとめてくれた。
お薦め本も課題図書選びもあらすじのチェックも、あの愛想のない素っ気ない態度で全部完璧に面倒みてくれたのだ。
『誰も知らない小さな国』、『床下の小人たち』、『魔女ジェニファとわたし』、『大どろぼうホッツェンプロッツ』、『怪人二十面相』、『少年探偵団』―――
私は読書が苦手だったけれど、上杉くんが選んでくれたものなら面白く読むことができて、少しずつ本が好きになった。
何より、読んだ本の感想を上杉くんに話して共有するのが――彼の方は相変わらずの仏頂面だったけど――とても楽しかったのだ。
なんか二人だけの世界
なんか心地いい時間
だけど、それはほんの1ヶ月半程度のことで、その後すぐ春休みになり、休みが明けて6年生になったら上杉くんは図書室に来なくなった。
それだけじゃなく、廊下や校庭で見かける彼はどこかよそよそしく近寄りがたい空気を纏っていて、気軽に話しかけられるような隙は無くなっていた。
たまに校舎のどこかですれ違っても、目線をくれることもなく無言のまま通り過ぎていった。
5年生の時は、ドアを開ければすぐにこちらの存在に気づいてくれた。素っ気ないようで、いつも真っ直ぐ私の目を見てくれたのに……。
(ふーん、別にいいもん。私も、もう図書室なんか行かないもんね)
私は内心のショックと寂しさを無理やり心の隅へと押しやり、元の仲間達との世界に戻った。
結局6年生の間、私達は1度も言葉を交わすことなく、そのまま卒業の日を迎えることになってしまった。
人づてに、上杉くんは伊達川中学に行くと聞いた。私は蒼町中学だから、4月からはもう別々の世界だ。
卒業式の当日―――
体育館での式が全て終わり、最後に校庭で友達同士写真を撮り合い、別れを惜しんでいた時だった。
ふと、遠くの方を見たら、上杉くんの姿が目にとまった。
校門の傍らに植えられた早咲きの桜が既に満開を迎え、僅かにひらひらと花びらを落としている。その桜の樹の下で、上杉くんはポツンと一人立っていた。
声をかけてみようか…?写真撮ろうよって言おうか?だけど冷たく断られたら?もうずっとしゃべってないんだし…。でも、もうこれで卒業しちゃうし最後だから……
そんなふうに迷っていた時だった。
上杉くんがふとこちらに顔を向けた。遠くからだけど、お互いの目がしっかり合った。5年生の終わりから1年ぶりだ。
上杉くんは無表情だけど、視線をそらすこともなくそのままこっちを見ている。
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