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校庭の隅にある紅白の梅の花が、おぼろげに咲いている。通りすがり、その甘酸っぱく爽やかな香りにふんわりと包まれる。
そんな何気なくささやかなことが、後になってたまらなく懐かしく蘇ったりするのだけれど、その頃の自分はまだそんなことには気づいていない。
ただ、今を今としてなんとなく生きている。
私が初めて上杉くんに会った(正確にはお互いを知った)のは、そんな2月の初め頃だ。
私達は、まだ小学5年生の子どもだった。
その日の私はいつも通り、休み時間に仲良しの数人でしゃべりながら、今日の給食何だっけ、とか、そんな他愛ないことを考えていた。
「ねー、感想文の本、何にした?」
「冒険者たち」
「ふたりのロッテ」
先日クラスで出された読書感想の宿題の話になった。
「梨花は?」と尋ねられたので「んー、まだ決めてない」と答えたら周りの顔色が変わった。
「はぁっ?提出、今日の帰りのホームルームだよ?」
「プリントに提出日書いてあったじゃんっ。今日だよ、今日!」
「え――っ?!」
今度は私の顔色が変わる番だ。慌ててランドセルから自分のプリントを取り出す。
「ほんとだ、思いっきりカンちがいしてた。昼休みに図書室行って、できるだけやるよ…」
担任の山田先生は、宿題忘れにはめちゃめちゃ厳しいのだ。
昼休み、給食の片付けと掃除を終えると、私は図書室に猛ダッシュした。
ウチの小学校は読書を熱心に推奨していて、私のクラスでも読書感想プリントというのが時々配られる。プリントの左側に書かれた10冊程の課題図書から1つ選び、右側にあらすじと感想をそれぞれ100字程度書くというものだ。
合計200字だから全然大した量ではないけど、なんせまだ肝心の本を読んでいない。それどころか、何の本にするかも決めてないのだ!
休み時間は残り約20分しかない。間に合う自信は正直ゼロだけど、とにかく急がなきゃ――!
着いた図書室は、人気なくガラーンとしていた。普段なら司書の先生がカウンターにいるはずだけど、なぜか今日は不在だ。
私は読書が苦手で滅多にココには来ないので、どこにどの本が置かれているのかサッパリわからない。
(困った、誰もいない…?)
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