隙間目

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「たまたまお母さんが出勤前で。パニックになった私の代わりに見てくれたんだけど。何もなかったって」  見間違いだろう、変な話にのめり込むからだ。母に冷めた対応をとられて終わった。母はそのまま仕事に行ってしまった。その頃からだ、母との間に距離ができたのは。私が何か言っても、赤ちゃんじゃないんだから自分でなんとかしなさいとしか言われなくなった。  その頃から隙間がダメになった。目が。あのぎょろっとした目が、頭から離れない。怖くて眠れなくなる、落ち着かない。呼吸が荒くなる。  そうなると必然的に家に帰れなくなる。半分家出のようになったけど、心配されることなんてなかった。 「なるほどね。そりゃ怖いわな。その男はもう見てないの?」 「うん。でもあれ以来、人の顔真正面から見るのも苦手になっちゃった」  母と分かり合えなかったことも、トラウマの原因なんだろうなと思う。生活するのがやっとだったから、私に無関心なのはわかっていた。 「だから今住んでるところも、隙間全部埋めてるの」  高校に行けるお金なんてなかった。十六になったら自分で働きなさい、と言われた。出て行けと言われたわけじゃないけどそのまま私は家を出て、母とは連絡をとっていない。  今のところはバイト三昧でなんとかなってる。都会は身分証明書なしに働けるところが多い。アパートも今は保証人が必要ないところが増えたから部屋を借りられてる。 「それでね。今日帰ったら」  何故か、玄関に隙間ができていた。収納スペースも含めて全て物を詰めていたのに。押し込んでいたものが玄関に散乱していた。  もう、玄関を跨ぐことができない。私は部屋に入れなくなってしまった。まるでゲームや漫画で言う結界魔法のように。 「泥棒じゃん。警察に連絡した?」 「あ。忘れてた」 「おいおいw うっかりにも程があるだろうがw」  相当参っていたというのがわかったみたいだ。ダメじゃん、とか今すぐ連絡しなよ、とか言わないのがありがたい。確かにそうだ、誰かが侵入したのなら連絡しないと。でも、物が動いてるんですって言って対応してくれるんだろうか。あまり気が進まない。警察に言ったら隙間恐怖の説明しなきゃいけないし、家族は、とか言われそうな気がする。  その日はナトラといろいろな話題で大盛り上がりして。てきとうに漫画喫茶で休んで、そのまま内見の予約を入れた。
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