刑事の登場

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「行こう。こっちだ」 いつの間にか人だかりが出来ており、大河は瞳子を促して路地裏に停めてあった車の助手席に乗せた。 「ふう。世の中には悪いおっさんがいるもんだな」 軽く笑いながら運転席に乗り込んだ大河に、瞳子は改めて頭を下げる。 「あの、助けていただいて本当にありがとうございました」 「いや、偶然通りかかって良かった。それよりあいつ、週刊誌の記者なの?何の記事を書こうとしてんの?」 「それは、その…」 言い淀んだ時、ん?とバックミラーを見ながら大河が眉間にしわを寄せた。 どうしたのだろうと瞳子が後ろを振り返ろうとすると、大河が手で止める。 「見ないで。前を向いてて」 「え?はい」 言われた通りじっとしていると、ミラーを睨みながら大河が呟く。 「ったく、しつこいな。ほんとに写真ばらまくぞ」 どういう意味だろうと思っていると、大河がエンジンをかけながら表情を引き締めた。 「少し揺れるから、シートベルトしっかり締めて」 「は、はい」 慌てて瞳子はベルトを締める。 大河は滑るように車を発進させて大通りに出ると、何度か車線変更を繰り返した。 「やっぱりな」 ミラーで後ろを確認しながらハンドルを握る大河に、瞳子がためらいがちに尋ねる。 「あの、何がでしょうか?」 「あの男、車で尾行してくる」 「ええ?!」 「懲りないやつだな。いや、週刊誌の記者としては褒められんのか?」 どこか余裕を漂わせながら、大河は鮮やかにハンドルを切り、不敵な笑みを浮かべた。 「おもしれえ。まいてやろうじゃないの」 「あ、あの、大河さん?」 グンとギアをチェンジしてアクセルを踏み込む大河に、瞳子は思わず顔を引きつらせる。 「えっと、そ、その。安全運転で、お願いします」 「大丈夫、法定速度は守るよ。ただちょっと小回り利かせるってだけだ。あ、舌噛むから黙ってな」 「ひっ!は、はい」 大通りから外れると、大河は何度も角を曲がる。 右に左にと身体を振られながら、瞳子もチラリとバックミラーを見た。 すぐ後ろをついてくる車のヘッドライトの灯りが揺れている。 「俺さ、刑事になってパトカーを爆走させるのに憧れたんだよね」 「そ、そうですか。ならなくて何よりです」 「いいよなー。サイレン鳴らせば前の車がサーッて避けてくれるんだぜ?気持ちいいだろうなー、その真ん中を走り抜けるのって」 「いえ、あの、お仕事ですから」 「腕が鳴るぜ。ほらほら!俺についてくるなんて100年早いぜ!」 「100年経てば生きてませんから」 「よーし、一気に勝負だ!」 「ひー!危険運転はダメですからね!」 何度目かの角を曲がり、大通りに出たところで男の車が赤信号で止まった。 大河はミラーでそれを確認すると、またしても路地に入り、みなとみらい方面に向きを変えて走り始める。 「え?戻るんですか?」 「ああ。あのまま直進するとすぐに見つかる」 「なるほど。なかなか本格的ですね」 「そりゃな。刑事の常識だ」 「いやいや、刑事じゃないですよね?」 やがて亜由美と遊んだ遊園地が見えてくると、瞳子はふと大河に尋ねた。 「あの、これからどこに?」 「ん?そうだな。自宅まで送ってもいいんだけど、君って一人暮らし?」 「はい、そうです」 「そうか。うーん、それならちょっとオフィスで話を聞かせてもらってもいい?事情も分からず一人にするのは危険な気がする」 そう言って大河は、みなとみらいから高速道路を使ってしばらく車を走らせる。 瞳子も見覚えのあるアートプラネッツのオフィスが見えてくると、ふいに大河が口を開いた。 「アリシア、ゲート開けて」 「は?私、瞳子ですけど。ゲートを開けるって、どうやって?」 「ぶっ!違うから」 すると車の前方に見えてきたガレージがゆっくりと開くのが目に入った。 あ、そういうこと、と瞳子が納得していると、スピードを落とした大河が車を中に進める。 そのまま奥のスペースに駐車してエンジンを切ると、ハンドルに片腕を載せていたずらっぽく瞳子に笑いかける。 「アリシア、降りるよ?」 「瞳子です!」 ムッとする瞳子に、大河は、あはは!と笑い声を上げた。
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