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「すみません、お疲れのところを送って頂いて」
「いや、構わない。俺のマンションもどうせこっち方面だから」
パーティーのあと、瞳子のマンションまで車で送っていくと、大河は路肩に駐車してエンジンを切る。
ハンドルに両手を載せてうつむいたあと、思い切ったように顔を上げて瞳子に尋ねた。
「もし嫌な気持ちを思い出させたらごめん。テーマパークで何があった?」
え…、と瞳子は言葉を失う。
「もしかして、夕べ君に話しかけていたあの男がまた何か?」
「ど、どうして」
「あいつが足早に去って行くのを見かけたんだ。来た方角を見ると、君がしゃがみ込んでいるのが見えた」
瞳子は黙って視線を落とした。
だが、真剣な大河の様子は変わらない。
じっと瞳子の言葉を待っている。
少し考えてから瞳子は頷いた。
「はい、そうです。あの男性にまた声をかけられました」
やっぱりか…と、大河は苦しそうに息を吐いた。
「ごめん、気づかなくて。守ってやれなくてごめん」
「いえ!大河さんが謝ることなんて、何も」
「いや、俺達の仕事に関わらなければ、嫌な思いをせずに済んだんだ。本当に申し訳ない」
頭を下げる大河に、瞳子は小さく首を振ってから口を開いた。
「大河さん。私の人生はこの先もずっとこうなんです」
「…え?」
思わぬ言葉に、大河は顔を上げる。
「私は誰かを好きになっても、恋愛することは出来ません。結婚も、子どもを持つことも、一生私には無理なんです」
「ど、どうしてそんな?」
「どんなに好きな相手でも、過去の恐怖が蘇ってしまうからです。私には、普通の女の子のような幸せは望めません」
「そんな!決めつけなくてもいいんじゃないか?」
いいえ、と瞳子は視線を落とす。
「私は誰ともおつき合いしません。それが唯一、相手を傷つけないで済む方法なんです。そして、私自身も傷つかずに済む。だから私はこの先も一生、恋愛は出来ないんです」
そう言うと瞳子は寂しそうに笑う。
儚げなその微笑みに胸が苦しくなり、大河は思わず手を伸ばして瞳子を抱きしめそうになる。
だがギュッと己の拳を強く握って堪えた。
「大河さん、色々とありがとうございました。お仕事、これからも身体に気をつけてがんばってくださいね」
瞳子はにっこり笑うとドアを開けて車を降りる。
大河は何も言えず、何も出来ずに瞳子の後ろ姿を見送っていた。
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