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『え、倉木さんから伝言、ですか?』
電話の向こうから瞳子の戸惑う声がする。
大河は倉木からの伝言をすぐに伝えようと、瞳子に電話をかけていた。
『大河さん、倉木さんとお知り合いだったんですか?』
「え?ああ。横浜のミュージアムに取材に来ていただろう?そこで名刺を交換して…」
咄嗟に嘘をついてしまったが、瞳子は納得したようだった。
『そうだったんですね。それで、私に伝言って?』
「ああ。送ってくれたジャケット、確かに受け取りました。ありがとう、と。お礼を言うのが遅くなって申し訳ないと言っていた」
『そうですか、分かりました』
「それからもう一つ」
『はい、何でしょう?』
大河は小さく息を吸ってから、倉木の言葉をそのまま口にした。
「もしまたどこかで偶然会ったとしても、返事はいらない、と」
ハッとしたように、瞳子が息を呑む気配がする。
やはりこの言葉は、倉木アナからの告白の返事のことなのだろうと大河は思った。
かつて交際していた二人。
別れることになったのは、相手を嫌いになったからではない。
恐らく…
瞳子が別れを切り出したのだ。
触れられると恐怖に苛まれ、どんなに好きな相手でも拒絶してしまうから、と。
誰ともつき合わない。
それが唯一、相手と自分を傷つけないで済む方法だから。
そんな瞳子に、倉木は再び告白したのだろう。
やり直そうと。
今度こそ瞳子のそばから離れないと、そう決めたのだろう。
だが瞳子からの返事を待つ間に、週刊誌に追われる事態になってしまった。
瞳子にまでマスコミが押し寄せ、絶望の中、倉木は瞳子から離れる決意をしたのだろう。
自分といたのでは、瞳子に迷惑をかけることになると。
(どうしてだ?なぜこんなにも彼女達は辛い目にばかり遭うんだ?)
やり切れない想いに奥歯をグッと噛み締めた時、瞳子の明るい声が聞こえてきた。
『分かりました。大河さん、お電話ありがとうございました。まだまだお忙しい日が続きますよね?体調には充分気をつけてくださいね』
大河は、ハッと我に返る。
「あ、ああ。ありがとう」
それでは、また、と瞳子が言って通話を終えた。
倉木と瞳子、二人の切ない想いに、大河はまるで自分のことのように胸が傷んだ。
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