二人の時間

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次の文房具屋や、最後に立ち寄った100円ショップでも、瞳子はいくつかの商品をじっくり手に取って選んでから、満面の笑みで会計を済ませた。 「そんなにたくさん、何を買ったんだ?」 「ふふっ、内緒です。あとでお見せしますね」 気づけばランチを食べてから2時間経っており、二人はコーヒーショップで休憩することにした。 ソファ席に並んで座り、カフェラテをひと口飲むと、瞳子は早速買ったばかりの品をテーブルに並べ始めた。 「なんだ?綺麗なデザインの本だな。あ、曼荼羅か!」 「ええ。これは曼荼羅の塗り絵です」 曼荼羅は、真言密教の世界観を絵画化したものだが、アートとしても世界で注目を集めている。 真ん中を中心とした全ての模様が対称であることから、描くだけで心が癒やされると言われ、心理学者のユングも治療法として取り入れていたとか。 「へえ、曼荼羅の塗り絵なんてあるんだな。かなり細部まで凝ってる」 「そうなんです。塗り絵っていうと子ども向けに聞こえますが、最近では大人の塗り絵としても人気なんですよ。それで、こっちがスクラッチアート」 「ん?何これ」 黒い画用紙に白い線で、扇や花の模様が描かれただけで、いまいち何なのか分からない。 すると瞳子は、画用紙が入っていた箱からペンのような物を取り出した。 「大河さん、この専用のペンで白い線を削ってみてください」 「え?ああ、分かった」 大河はペンを受け取ると、言われた通りに白線を削る。 すると… 「わあ!すごいな。何だこれ?」 削った後には、カラフルな色が浮かび上がっていた。 「綺麗だな。それにこの削る感覚、面白い!」 「ですよね。私もこれ、大好きなんです。絵は下手で描けないんですけど、これをやっていると、絵が上手くなったような気がして」 瞳子の言葉は、どうやらあまり届いていないらしい。 大河はスクラッチアートに夢中になっている。 そんな大河に、ふふっと笑ってから、瞳子は曼荼羅の塗り絵を始めた。 「出来た!すげー、芸術的!」 しばらくして大河は満足気に、仕上がったスクラッチアートを目の高さに掲げる。 「面白いな、これ。白い線以外にも、ちょっと違う部分を削ったり、塗りつぶしたりしても表情が変わるしな」 「ふふ、大河さん、すっかりハマっちゃいましたね」 ああ、と頷いた大河は、瞳子の手元の塗り絵を見て、おお!と目を見開く。 「すごいじゃないか。綺麗な色合いだな」 「この色鉛筆、さっき100円ショップで買ったものなんですけど、日本の伝統の色を集めてるんです」 「日本の伝統の色?」 「ええ。例えばこれは紅色。これは牡丹色。菖蒲に瑠璃に、露草に青磁、緑青色も」 へえー、と大河は身を乗り出してじっくり眺める。 「発色も綺麗だな。これが100円ショップで売ってるとか、信じられん」 「ほんとですよね」 大河はテーブルに広げた塗り絵やスクラッチアートを見ながら、しきりに感心する。 「こんな身近なところに、アートや芸術ってあるんだな」 「ふふっ、そうですね。あと、ポストカードや便箋も買ったんです。これは切り絵のカード。こっちは桜の柄の便箋。それからこれはペーパーシャドーアートです」 「ペーパーシャドーアート?」 「はい。イラストを何層にも重ねて、立体感のあるアートにするクラフトです。17世紀のヨーロッパのデコパージュの技法として生まれたそうですよ」 「へえー、知らなかった」 大河は一つ一つ手に取ってみる。 どれもこれも和のテイストで、これなら必ず外国でも喜ばれると思った。 「あの、もし良ければ、いくつか借りてもいいかな?」 「ええ、もちろん!」 にっこりと笑いかけてくれる瞳子に思わず見とれ、大河はまた顔が赤くなるのを感じていた。
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