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(どうしてこうなったんだ?いいのか、俺)
瞳子がキッチンで紅茶を淹れるのを、大河はソファに座って緊張しながら待つ。
ワンルームマンションの瞳子の部屋は、シンプルな家具が柔らかいベージュの色合いでまとめられ、ソファの前のローテーブルには花が1輪飾ってあった。
「はい、どうぞ」
その花の横に、瞳子は二人分のティーカップを並べる。
「ミルクとお砂糖も良かったら」
「ありがとう」
大河は上品なデザインのティーカップを持ち上げて紅茶を口にする。
味わう余裕はないが、美味しい…、に違いない。
「明日はお休みなんですか?」
「え?あ、わたくしですか?」
「はい、大河さんです」
「ああ、お休みです。他の3人も休みにしました」
「そうなんですね。じゃあ、ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとうございます」
大河は小さくなって頭を下げる。
「ふふっ、大河さん、フランスに行ってなんだか変わっちゃいましたか?」
「いえ、それはこちらのセリフかと…」
「ん?どうしてですか?」
「いや、だって、その…」
なぜいきなり部屋に異性を上げるなんてことを?と聞きたいが、それを意識して欲しくなくて言葉を濁す。
(とにかく彼女には、ごく自然に異性に慣れていって欲しい。気づいたら平気になっていた、みたいに)
そう思いながら黙っていると、瞳子が隣から顔を覗き込んできた。
「大河さん、パリの写真ありますか?」
「え?ああ、うん。あるよ」
大河はスマートフォンを取り出して、アルバムを表示する。
「たくさん撮ったから、自由に見ていいよ」
「ありがとうございます」
瞳子は両手でスマートフォンを受け取ると、長い指先で画面をスクロールする。
「わあ、とっても素敵!」
目を細めて微笑みながら写真を見つめる横顔に、大河は釘付けになった。
パリにいる間、忙しくて毎日バタバタしていたが、綺麗な景色を見る度に、瞳子にも見せてあげたいと何度も思った。
迷惑だと思われたくなくて、極力メッセージは控えていたが、本当は毎日電話したかったし、会いたくて堪らなかった。
だが、瞳子が嫌がることは絶対にしないと決めている。
少しずつ瞳子の心の傷が癒えるのを願いながら、自分はリハビリの役割をするのだと、己を自制していた。
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