刑事の登場

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(もう二度と会わなくても、どうにかしてジャケットは返さないと。匿名でテレビ局宛に郵送すればいいかな?) そう思いながら街路樹の間を抜け、駅への地下道に向かった時だった。 いきなり誰かにグッと腕を掴まれ、ビルの隙間に連れ込まれる。 思わず悲鳴を上げそうになると、口を大きな手で押さえつけられた。 恐怖で身体が硬直する。 「失礼、お嬢さん。ちょっとお話聞きたくてね」 視線を上げると、ハンチング帽を目深にかぶったひょろりとした男が、瞳子にビデオカメラを向けた。 瞳子の口から男の手が離れるが、声が喉に張り付いたように何も言えない。 身体は小刻みに震え始めた。 「そんなに怯えないでよ。いいコメントが取れたらすぐ退散するからさ。これ、君だよね?」 そう言って男は瞳子に1枚の写真を見せた。 そこに写っていたのは、レンガ造りの建物をバックにベンチに並んで座る友也と自分の姿。 瞳子は驚いて目を見張る。 「やっぱりそうなんだ。ね、倉木 友也とはどういう関係?つき合ってるんでしょ?今をときめくイケメンアナも、ついに隠してた彼女発覚!って、記事にしようかと思ってるんだ。あ、俺、週刊誌の記者ね。よろしくー」 ニヤリと笑う男に、瞳子はなんとか声を振り絞る。 「ち、違います!つき合ってなんかいません。勝手に嘘を書かないで!」 「あー、ごめんねー。もう書いちゃったんだ。明日発売だよ」 「なっ…」 瞳子は思わず絶句する。 だがすぐに我に返った。 「やめて!今すぐ記事を取り消して!」 「それがもう手遅れなんだ。今頃書店に向けて発送されてるよ」 「そ、そんな…。じゃあすぐに訂正文を発表してください!」 「訂正文じゃなくて、追加の記事を発表したいんだよねー。君の証言と写真を載せてさ。だから今ビデオ回してんの」 ハッとして瞳子は慌ててカメラから顔を逸らす。 「写真はもう充分かな。この動画から切り取ればいいから。あとはコメントだよね。なんかいいやつ頂戴よ。彼とは身体だけの関係です、とかでもいいからさ。あ、もちろんタダでとは言わないよ。それなりの謝礼も渡すから。ね、倉木 友也とはもう寝たの?どんな感じだった?」 「やめて!離して!」 腕を掴まれて思わず身をよじった時、急に男の手が離れた。 え?と瞳子が顔を上げると、男の腕を掴み上げている誰かの大きな背中がすぐ目の前にあった。 いてて!と男が顔をしかめるのに構わず、その人は肩越しに瞳子に話しかけてくる。 「念の為聞くけど、こいつ知り合い?」 「いえ!違います」 「ん、分かった」 そう言うと、男が構えているカメラのレンズを大きな手でガシッと握った。 「おい、何をする!」 「こっちのセリフだっつーの」 そしていつの間にかポケットから取り出したスマートフォンで、相手の顔をカシャッと撮影する。 「ちょっ、何勝手に撮ってんだ!」 「こっちのセリフだっつーの!パート2」 (この声、それにこの背の高さ…) ようやく気持ちに余裕が出て来て、瞳子は長身の男性の顔を覗き込んだ。 「大河さん?!」 「ん?呼んだ?」 「はい。あ、いえ。呼んでないのにどうしてここに?」 「ミュージアムの様子を見に来た帰り。車で通りかかったら、怪しいおっさんが君を連れ込むのが見えてさ」 「あ、なるほど。ここから近いですもんね、ミュージアム」 「それより、どうする?このおっさん」 大河はクイッと顔を傾けて、瞳子に聞く。 背の高い大河に腕を掴まれ、まるで子どものように見える男は、つま先立ちでよろよろしている。 「週刊誌の記事はもう止められないと思います。せめて今撮られた映像を消してもらわないと」 「了解」 大河は男の手からビデオカメラを奪うと、片手でピッピッと操作して消去した。 「これでよしっと。ちなみに今後またこんなことをしでかそうもんなら、俺のスマホに保存してあるお前の写真が全世界にさらされるからな。気をつけろよ」 「そ、そんな!プライバシーの侵害だぞ!」 「こっちのセリフだっつーの!!パート3」 ガックリとうなだれる男の腕を離すと、男はよろけながら去って行った。
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