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「倉木さん」
会社のエントランスを出てしばらく歩いた所で声をかけられ、倉木はビクッと足を止める。
また週刊誌の記者だろうと思いながら、はい、と返事をして振り返った。
あの記事が出た後、会社でもこっぴどく叱られ、担当番組を降ろされた。
社内での視線も厳しく、誰も目を合わせてくれない。
雑用だけをこなす毎日に、この先の展望も見えなくなっていた。
(あの記事さえなければ…)
そう思ってしまうが、全ては身から出た錆。
悪いのは自分だった。
会社を1歩出れば記者に追われ、自宅でも気が休まらない毎日。
だが誰を責める訳にもいかない。
こうして声をかけられれば、相手が誰であろうと向き合って返事をしなければならないのだ。
そう思いながら振り返ると、そこにいたのは意外な人物だった。
スラリと背が高く、芸能人を見慣れている自分ですら、かっこいいと見惚れてしまう整った顔立ち。
「あなたは確か、横浜のミュージアムの…」
「はい。株式会社アートプラネッツの冴島と申します」
近づいてお辞儀をすると、辺りに素早く目をやってから声を潜めて話しかけてきた。
「誰が見ているか分かりませんので手短に。倉木さん。彼女は今、うちのオフィスにいます。我々スタッフがそばについて穏やかに毎日を過ごしています。どうかご安心ください」
「えっ…」
一瞬面食らった後、倉木の目はみるみるうちに潤んでいく。
あの日以降、ずっと気がかりだった瞳子の無事を知らされてホッとした気持ちと、自分を気遣ってくれる優しさに触れた喜び。
倉木は胸がいっぱいになり、打ち震えた。
「何かありましたら、いつでもここにご連絡ください。私の携帯番号を載せてあります」
そう言って差し出された名刺をゆっくりと受け取る。
『株式会社 アートプラネッツ
代表取締役 冴島 大河』
オフィスの住所と固定電話とメールアドレス。
その下に手書きで携帯番号が書かれていた。
「ありがとうございます。ありがとう…本当に。感謝します」
涙を堪えながら、頭を下げる。
「倉木さん、明けない夜はない。必ずまた陽は昇ります。どうかもう少しだけ踏ん張ってください」
それでは、と言い残して踵を返した大河の後ろ姿に、倉木はいつまでも頭を下げ続けていた。
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