蘇る恐怖心

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「入って」 アートプラネッツの真っ暗なオフィスに明かりを点け、大河は瞳子を振り返る。 「今日から俺達5連休なんだ。横浜のミュージアムも終わったから、遅ればせながらのゴールデンウイーク」 「そうなんですね、お疲れ様でした。皆さん、ゆっくり出来るといいですね」 大河は瞳子をソファに座らせるとコーヒーを淹れた。 「今朝送って行ったのに、結局また戻って来たな」 「そうですね、ふふっ」 瞳子が笑みを浮かべると、大河もようやくホッとしたように頬を緩めた。 「気分は落ち着いた?」 「はい、もう大丈夫です」 「そうか、良かった」 そしてためらいがちに瞳子に尋ねる。 「さっきの男は、その、マスコミじゃなくて?」 「はい、マスコミではありませんでした。近所に住んでいるそうで、最近まで張り込んでいたマスコミを見て、私のマンションがここだと分かったらしいです。そろそろ私がマンションに戻ってくる頃だろうと、待ち構えていて…」 そこまで話すと、瞳子はまた小さく震え出す。 大河は立ち上がると瞳子の隣に座り、そっと背中に手を添える。 だが、ビクッと瞳子が身体を強張らせると、すぐに手を離した。 「…あのマンションにはもう帰らない方がいい。引っ越したらどうだ?」 そう言うと、瞳子はしばらくじっと考えてから頷いた。 「そうですね、私も怖くてあそこに帰るのは無理そうです」 「ああ。どこかいい部屋を早急に探そう。それまでは、またここにいればいい」 「え、またここにお世話になるのですか?それはあまりにも図々しいです。ビジネスホテルとか、ウイークリーマンションにしますから」 「…そうか」 大河は、先程から妙に自分を警戒している瞳子に違和感を覚えていた。 まるでこれ以上近寄らないでくれと、身体にバリアを張っているようだ。 「あの、本当にもう大丈夫か?一人で夜道を歩いたり、電車に乗ったりしても平気か?」 聞かれて瞳子は返事に詰まった。 嫌だ、怖い… 率直にそう思った。 どうすればいいのだろう。 自分はこれから先もずっとこうして、周りの男性に怯えて生きていかなければいけないのだろうか。 知らず知らずのうちに涙が込み上げてきて、瞳子の手の甲にポタポタとこぼれ落ちた。 大河は思わず瞳子の肩に手を置こうとして、すんでのところで止める。 そして思い切って口を開いた。 「もしかして、異性に触れられるのが怖い?」 その刹那、瞳子はハッとしたように目を見開いた。 やはりそうか、と確信してから、大河は先程男に言い寄られていた瞳子を思い出す。 恐らく今までもああいうことが頻繁にあったのだろう。 瞳子は背が高く目立つし、スタイルも抜群に良い。 日本人離れした瞳と髪の色でモデルだと信じて疑われず、嫌でも周囲の注目を集めてしまう。 女性からは羨望ややっかみの目で見られ、男性からは魅力的な異性として、そして一部の下品な輩からは、性的ないやらしい目で見られてしまう…。 そう容易に想像がついた。 本当に好きな人が出来ても、もし触れられることの恐怖が(まさ)ってしまったら? 過去の嫌な記憶が蘇ってきて、条件反射のように拒絶してしまったら? たとえ自分が愛する人でも、頭よりも先に身体がそう反応してしまったら? (だから倉木アナとも別れることになったのかもしれない。お互いに好きな気持ちは変わらないままに) 二人はマスコミに騒がれた時、互いに相手の状況を心配していた。 嫌いになって別れた訳ではないのだろう。 そう、二人は今でも… そこまで考えた時、大河はなぜだか心がズキンと痛んだ。
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