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「What are you doing here?!」
「あ、I'm sorry. I just wanted to see this museum, so…」
いや、その前に日本語じゃダメなの?
と思っていると、大河は小さくため息をついて踵を返した。
「Come on, follow me」
イエス、と大人しくあとをついて行く。
Staff Onlyと書かれたドアを開けてバックヤードの廊下を進むと、大河は誰もいない控え室に瞳子を促した。
パタンと後ろ手にドアを閉めると、また一つため息をつく。
「一人で来たの?」
瞳子は黙ってコクリと頷く。
オープンから数日経てば、運営は他のスタッフに任せ、大河達は時折顔を覗かせる程度にしか来なくなる。
平日の閉館間際、変装すれば誰にも気づかれずに済むと瞳子は考えていた。
まさか大河に見つかるとは…。
(読みが甘かった…。いや、運が悪かった?)
瞳子がしょぼくれていると、大河は腕時計に目を落とす。
「しばらくここで待ってて。あとで迎えに来るから。あ、着替えておいてね」
そう言うと部屋を出て行く。
瞳子は仕方なく、言われた通りにノロノロと着替え始めた。
ウイッグとサングラスを外し、髪を手ぐしで整えると、ハイヒールからペタンコのシューズに履き替える。
スキニーのブラックデニムはそのままに、手に持っていた白いサマージャケットを着て、ボタンも前できちんと留めた。
15分程経ったところで大河が再び現れ、こっちだ、と言葉少なに前を歩く。
うつむきながらついて行くと、真っ暗な広い部屋に通される。
「暗いけど、少しだけここで待ってて」
「はい」
頷くと、大河はまたもや瞳子を置いてどこかへ向かった。
静まり返った暗い空間にぽつんと取り残されて心細くなった時、部屋の中央がぼんやりと明るくなった。
何だろう…と、瞳子はゆっくり歩み寄る。
明かりは徐々にはっきりとした光になり、天井から流れ落ちる水となった。
キラキラと輝く水しぶきに、瞳子は、わあ…と感嘆のため息を洩らして思わず手を伸ばす。
すると瞳子の手のひらで水の流れが変わり、左右にザーッと弾けて落ちる。
瞳子は両手で水を掬うような仕草をしてから、高く上に投げてみた。
パッと水しぶきが飛び散り、煌めきながら瞳子の周りを舞い落ちる。
「…素敵」
まるで魔法の光が降り注いでいるような気がして、瞳子は思わず目を細めて天を仰いだ。
とその時。
それまで真っ暗だった壁面が一気に明るくなり、瞳子の周り一面に海の映像が現れる。
壁は角がなく、丸いカーブになっていて、瞳子はまるで自分が海の中にいるような気がした。
珊瑚礁やイソギンチャク、色とりどりの小さな魚達。
海面から射し込む陽の光は、ゆらゆらと海底を照らしている。
瞳子はダイビングをしている気分になり、思わず両手を広げて波の揺れに身を任せる。
(なんて綺麗なのかしら。キラキラ輝く素敵な世界…)
日常の些細な悩みなど、どこかに消えてなくなる気がして、瞳子はいつまでもうっとりと自分を取り巻く世界に見とれていた。
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