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車で瞳子のマンションまで向かう車内。
瞳子は、閉館後に貸し切りで映像を見せてくれたことに頭を下げる。
「大河さん、本当にありがとうございました」
「どういたしまして。連絡くれたら、いつだって見せてあげたのに」
「本当ですか?」
「もちろん」
「でも…」
言葉を止めた瞳子に、でも何?と大河が促す。
「あれ以来、なんだか皆さんが遠い存在になってしまって…。避けられてるのかなって思ってました」
「まさか、そんなことは…」
ない、とは言えない。
実際、大河は瞳子に連絡をしなくなったし、透達がブーブーうるさくても、彼女にはもう関わるなと牽制してきた。
今日はたまたまミュージアムの様子を見に来て、偶然瞳子を見かけただけで、明日になればまた接点はなくなるだろう。
なんだか後ろめたくなり、大河は話題を変えた。
「えっと、どうだった?今回のミュージアムは」
「はい、とっても素敵でした!海の映像、いいですね。心が安らぐし、美しくて胸がいっぱいになりました」
子どものように目を輝かせてこちらに身を乗り出してくる瞳子に、大河は思わず聞いてみる。
「そんなに?しょせん映像だ、偽物だって思わないの?」
「思いません。え?そんなふうに思う人がいるんですか?」
「いるよ。大半の大人は、どこかでそんなふうに思ってると思う。生で見る本物の景色とは違う。コンピュータテクノロジーで感動なんてしないってね」
え…っ、と瞳子は驚いて大河の横顔を見つめてから、視線を落とした。
「そんなこと、考えもしませんでした。偽物だなんて…。それなら、絵画も偽物になりませんか?本物の景色とは違う訳ですから」
「絵画は芸術だ。本物とはまた違った美しさがある」
「でしたら、大河さん達の作り出す映像も芸術です。本物とは違う美しさで、人を感動させられるんですから」
大河は目を見開いて言葉を失う。
自分達が新たな技術を駆使する度に、散々冷やかされてきたこと。
「これがアートだと?芸術への冒涜だ」と吐き捨てられたこと。
新たな挑戦として制作しつつも、本当にこれでいいのか?と常に不安に駆られていたこと。
自分達のしていることは、批判されこそすれ、褒められることではないのだと、いつも心の片隅で自信を失っていた。
だが瞳子は今きっぱりと、芸術だと言ってくれた。
「…本当にそう思う?」
思わず聞き返す声がかすれてしまう。
瞳子は迷う素振りもなく頷いた。
「もちろんです。本物か偽物か、なんて関係ないです。良いものは良い、それだけです」
大河は、心の中の暗く冷たいしこりが、ポカポカと暖かい日差しで溶けていく気がした。
ガラにもなく、涙が込み上げそうになる。
そうだ、瞳子はいつだって自分達の作品を真っさらな気持ちで受け止めてくれていた。
今日だってそう。
水の流れのように透明感のある瞳子の姿は、映像に溶け込み、一体化して美しかった。
(救われた…。この子が俺の心を救ってくれた)
大河はただその喜びを噛み締めていた。
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