花見のできる部屋

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 俺は安堵し、桜の木から、なんとか自力で降りた。 「女は消えたが……。あの部屋に戻って平気だろうか?」  俺は庭から自分の部屋を見上げた。困った俺は、部屋を案内してくれた不動産屋に電話した。    不動産屋の男が電話に出る。俺は当然怒っていた。語気は荒い。 「おいお前! 男の転落死以外に、何か隠しているだろう! だから、霊と目を合わせるなと言ったんだろう?」 「私は霊感が強いので、内見の時、桜の木を見て寒気を感じたんです。桜の木は霊を宿すので、霊感が強いと結構そう言う事あるんです。それで、霊とは目を合わせるなと言ったんです。何か見たんですか?」 「若い女を見たんだ。部屋で事故にあったのは男だったよな?」  言いにくそうに不動産屋が言う。 「……実は、あのアパートは……。吉川様の部屋の窓から住人男性が転落した同日に、住人ではない女性が桜の木で首を吊って亡くなったんです」  俺の中では、既に二人は恋人同士になっていた。 「どう言うことだ? 二人に関連はないのか?」 「それがわからないんです。男性と女性の関わりも、お互いの事故に因果関係があるのかも不明です。なんせ男性は喋れませんし、字も書けないのですから。聞くことが出来ません。女性は亡くなってしまった。警察が調べても、二人の関係が把握できなかったんです」   「何で今言った事を、俺に言わなかったんだ」 「ちゃんと法で決められた部分は、事故物件としてお伝えしていますよ。庭での事故は、共有スペースで起きましたから、事故物件に当たらないかと……。男性と女性の事故が関連しているかも不明なので、今のところ別々の事故として、警察では処理されています。となると、事実としては、男性が窓から転落しただけなんですよ」  俺は電話を切ってため息をつく。  そして急に気がつく。 「あの女、まさか……」  俺は走り出す。総合病院に向かって走る。そして、病院の門をくぐる。その時病院の駐車スペースから悲鳴が聞こえた。俺は悲鳴のする方向に走る。悲鳴とざわめきの先に人だかりが見えた。俺は人だかりに割って入る。  人だかりの中に、人が倒れているのが微かに見えた。俺は群衆の中の、手近な女に聞いた。 「何があったんですか?」 「車椅子ごと、男が病院の屋上から落下してきて、駐車していた車の屋根に落ちて……。それから跳ねて地面に……」  女の顔は恐怖の色で染まっていた。    俺は更に人だかりの中心へと進み、地面にうつ伏せになっている男を見た。男の横に例の首の長い女がいたが、俺はもう驚かない。  俺が女を見て言う。 「殺してしまったのか」  女が俺を見た。そして笑う。 「やっと死んだ」 「恨みを晴らせたのか?」  女が嬉しげにうなづいたが、俺は流石におめでとうとは言えない。そのうち医療従事者が集まってきて、男の救護活動を始めた。ざわめきと喧騒の中、女は空気に溶けるように消えてしまった。    その後、俺はその事故物件に住み続けている。女はもう現れない。つまりそれは、女は成仏したということだ。成仏できて良かったと思う。ただ困ったことに、車椅子の男が、桜の木の下で、桜の木を見上げている。あの日、病院から俺についてきて、今度は男が桜の木に宿ってしまったらしい。  それで俺は、今年も男と目を合わせないように、腰窓から花見をしている。花見を楽しむのも、なかなか難しい。  とは言え、車椅子の男に事件の真相を聞いてみたい気はする。霊になったから喋れるのだろうか……。俺は男の目を見そうになる。  ――おっと、危ない、危ない。目だけは……。       ――fin――
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