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花見のできる部屋
俺はアパートを借りるため、あるアパートの内見に来ていた。アパートの庭を見て言う。
「このアパートの庭には桜が植えてあるのか?」
不動産屋が黒い鞄から鍵を取り出す。
「ええ、大家さんが桜の花が好きで植えたそうです」
外階段を3階まで上がる。
3階の1番奥の部屋に案内される。
「さぁ、この部屋ですよ」
部屋に入り、不動産屋が部屋の越し窓を開けた。窓の外にさっき見た桜の木が見えた。
「この窓から桜の木に飛び移れそうだ」
「確かに飛び移れそうですね。でも実際には、常人では飛び移れないでしょう。案外距離がありますよ」
そうかもしれないと思う。
不動産屋が話を続けた。
「この部屋からですと、見上げずに桜を見ることが出来ますよ」
「横から桜が鑑賞できるわけか」
「そうです。あと1月半もすれば咲くでしょう」
「贅沢な花見が出来るな」
不動産屋が苦い顔をする。
「ええ、ただ……」
「分かっているよ。事故物件なんだろう?」
「そうです。お陰で相場の2割安なんですがね。この窓から去年の桜の時期に、住人の男が降ちまして……」
不動産屋が窓の外の地面を見る。
「桜を見ようとして落ちたのかな? 手すりもついてない腰窓だからな」
「さぁ、どうですかね。3階の手すりもない腰窓は、落ち着かないですね」
不動産屋が落ち着かなそうに身体を揺する。
俺は気になって聞いた。
「その男はどうなったんだ。ここは3階だ。死ぬには充分な高さとはいえないだろう」
「そうです。死にきれず……、今もすぐそこに見える総合病院で、口も聞けず、電動車椅子でやっと移動してながら、リハビリをしているらしいです」
俺はそれを幸いだと思う。
「じゃ安心だ」
不動産屋が目を見開いて言う。
「何がです?」
「生きているなら。化けてこの部屋の出ないだろう。だったらこの部屋を借りよう。安く借りられて嬉しいよ」
「まぁ、そうでしょうけど……。でも吉川様」
「何だ?」
「霊に会ったら、目だけは合わせない方がいいですよ。我々は事故物件を扱う時は、もし霊をみたら目を合わせるなと、教えられているんです」
「どうしてだ?」
「あの世に連れて行かれますよ」
一瞬お互い真顔になる。俺が戯けて言う。
「またまたぁ」
不動産屋が笑う。
「あははははは」
俺も笑った。
笑いが収まると不動産屋が真顔で言う。
「吉川様。桜の木は霊の宿り木と言われているので、気をつけてください。桜には霊が棲みつくと言われています」
俺は神妙な顔でうなづいた。
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