花見のできる部屋

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 それからすぐ俺は、その部屋を借りて住み始めた。住み始めて1月もすると桜の花がポツポツと開き始めた。そしてそれから10日もすると桜は満開になった。  俺は腰窓を全開にして桜を見る。 「綺麗だ」  俺はもっと桜を近くで見たくなり、腰窓から身を乗り出す。    桜を見ていた俺は、腰を抜かしそうになる。 「木に……。人がぶら下がっている」  桜の木の太い幹に、人がぶら下がって見えた。俺はそれをもっとよく見ようと、更に体を乗り出す。 「女か? 若い女が首を吊っているのか?」  すると、横向きだった女が方向を変えた。  顔が俺の方を向いた。そして女は、目を開く。ギョロッとした目をしている。まるでビー玉のようだった。  女の目と、俺の目が合った。  目が合った瞬間、俺は背中と肩に重さを覚えた。  同時に木にぶら下がっていた女が消えた。  ――何かが俺の背中と肩にいる。  しかし俺の他に、この部屋にいるものなどいない。  ――俺は嫌な予感しかしない。    俺は違和感の正体を見ようと、顔を横に向けようとして、ふと不動産屋の言葉を思い出す。  ――目だけは合わせない方が良い。  俺は顔を向けるのをやめ、視線だけ向ける。  そして、知る。  ――桜の木にぶら下がっていたのと、おなじ女だ。  女は、俺の肩に顔を乗せて、俺の背なかに寄りかかり、俺の背後から桜を見ているらしかった。首を吊っていたせいか、首が異常に長い。  俺は今まで起こった事を整理した。  (桜の木からぶら下がっていた女と同じ顔だ。ということは、桜の木から俺の背後に、この女は瞬時に移動したのだ。その上、首は人の長さを遥かに超えている)  ――つまり、この女は人ではない。    俺は唾を飲み込み、心の中で言う。  ――ヤバい。ヤバい。ヤバい。女に向けた顔を、違う方向に向けなければ、いずれ視線が合ってしまう。  しかし、恐怖で顔が動かない。  するといきなり、女の顔が向きを変えた。女と目が合った。    ――目だけは合わせない方が良い。  もう一度不動産屋の言葉が、頭に響いた。    なのに今俺は、霊だと思しき女と見つめ合っている。俺は息を呑んだ。女はニヤっと笑う。その笑顔に、俺は心臓が止まるほど驚き、女の顔から逃げようと、反射的に体を窓の外に引いてしまった。動きたいと思った時に動けず、動こうと思わない時に動いてしまう。人とは本当に困ったものだ。そしてその行動が、俺にピンチを招いた。体の重心が部屋の中から、窓の外に移動したのだ。    俺は後悔する。心臓がありえない速度で脈を打つ。このままだと窓の外に落ちてしまう。俺は手足をばたつかせ、部屋に残っている体に重心を戻そうと必死でもがく。けれどどうしても体が部屋に戻って行かない。窓枠に微妙なバランスでなんとか体が留まってはいたが、落ちるのは時間の問題だった。  女が俺の様子を見て笑う。そして俺に向かって手を伸ばしてきた。  俺は確信した。  ――俺を窓の外に落とす気だ。女に俺は落とされる。    俺は叫ぶ。 「やめてくれ!」  しかし、女はやめない。俺は窓外に押される。不安定な状態で、俺は窓枠の上で揺れる。耐えられなかった。  俺は覚悟を決める。  ――桜の木まで飛ぶしかない。  しかし脳内の指令と同時に、不動産屋の言葉が呪縛のように聞こえてくる。  ――常人では飛び移れないでしょう。  2つの言葉が脳内を巡る。けれど、どのみち窓の外にしか行けないのだ。  ――俺は飛んだ。  常人では飛び移れない距離を目指して、俺は飛んだ。3階の窓枠から、桜の木まで俺は飛ぶ。スローモーションの様に、景色が移動した。俺は桜の木向かって横跳びしながら、しかし確実に地面に向かっても落ちていく。俺は気合で桜に向かって身体を押す。  そして俺は奇跡を起こした。桜の枝に飛びつき、しがみつくことが出来た。俺はホッとし、窓を見る。窓から女が俺を見つめている。  俺が女に言う。 「何で俺を窓から突き落としたんだ。なんの恨みがあるんだ」  女は悲しげに言う。 「間違えた」 「間違えで、殺そうとするなよ」  女は首を横に振リ言う。 「あいつは何処に行った?」 「それは、窓から落ちて入院している男の事を言っているのか?」  女が目を見開いた。 「入院?」 「ああ、あそこに見える総合病院へ入院していると聞いた」  女は遠くに見える病院をじっと見て、だんだんに薄くなり消えていく。
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