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「いやあ、困ったよ。犯人は絶対、あの3人の中にいるはずなんだが……」
警部がこぼす愚痴を聞きながら、友人である探偵は、ボーッと壁を眺めていた。
クラシックな雰囲気が売りの喫茶店なので、インテリアもそれに即している。機能性を軽視した薄暗い照明の下、飾られた絵画は数百年も昔のものばかり。カレンダーもデジタルではなく月めくり式の紙製で、今月つまり「2235年4月」と記されたページが一番表になっていた。
心ここにあらず。一見そう見えるかもしれないが、彼はきちんと聞いているし、その頭脳も忙しく活動している。それを理解しているので、警部は説明を続けた。
「事件の舞台は、被害者が所有する無人島でね。ちょうど春の嵐で、海は行き来できない日だったから、招待客の3人だけが被害者を殺せる状況で……」
「ふむ、いわゆるクローズドサークルというやつですな」
探偵が短い言葉を挟むと、警部も小さく頷く。
「そう、それだ。昔々の、古典的な謎解き小説でよくある話だろ? だけど小説と違って現実では、謎でも何でもなく、むしろ解決しやすい事件となる。ほら、容疑者は絞られるし、しかもその容疑者は逃げられないからね。ところが……」
そう言いながら、警部は頭をかく。
「……今回ばかりは、事情が違うらしい。3人全員、シロと判定された。たった今、部下から連絡があったよ!」
「『シロと判定』ということは、例の嘘発見器ですね?」
血圧や心拍数の変化、脳波や声の微細な震えなどから、被験者の嘘を見破る。つまり、被験者の精神的な動揺が肉体的に表面化するのを利用……というのが、嘘発見器の基本原理だ。
20世紀半ばに開発された当時は、まだそれほど精度は高くなかったらしい。しかし科学技術の進歩と共に改良が重ねられた結果、23世紀の現在では「嘘発見器の測定結果は99.9%信用できる」と言われていた。
「そう、その嘘発見器だ。それのおかげで、いつも私たちの捜査は簡単だったんだが……。今回ばかりは……」
「警部は『たった今、部下から連絡があった』と言いましたよね。つまり、ちょうど今日、嘘発見器で調べたばかりなのでしょう? それならば……」
ここで探偵はニヤリと笑いながら、ようやく警部に視線を向ける。
「……明日以降に、同じ検査をしてみてはどうでしょう?」
後日。
探偵のアドバイス通り、日を改めて再び嘘発見器で検査すると、測定結果は変わった。容疑者の1人の「私は殺していない」という発言が「明らかに嘘である」と判定されたのだ。
「驚いたよ。犯人は150を超える老人でね。せっかくあそこまで長生きしたというのに、殺人なんて卑劣な行為で晩節を汚すとは……」
「『今、嘘をついている』という罪悪感みたいなものが一切なければ、心理的動揺も生まれず、生理的な変化にも表れませんからね。警部は知らないかもしれませんが……」
警部の言葉にも驚いた様子は示さず、平然と説明する探偵の視線は、その時も壁のカレンダーに向けられていた。
「……昔は『4月1日は嘘を言ってもいい日』とか『むしろ嘘を言うべき日』みたいな習慣があったそうです。年老いた犯人の場合、それが深く心に刷り込まれていたのでしょうね」
(「嘘発見器を騙せ!」完)
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