惚れて通えば千里も一里

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そんな彼は良くて遅刻ギリギリ。悪いと遅刻か欠席だろう。 学年が違うから、門で会わなければ分からないけれど。 だけど、身だしなみチェックの日は大抵遅刻ギリギリに門をくぐる。 はずなのに……。 「おはようございます、宮元(みやもと)先輩!」 私が挨拶をするよりも先に、私に明るく挨拶をしてきた男子生徒がいた。 きれいな艶のある黒髪。きっちり第1ボタンまで留められたシャツと、ピシッと締められたネクタイ。皺のないシャツはスラックスの中に収まっている。 細フレームの眼鏡が知的な印象が伺える。 文句のない模範的な生徒と言える。 見覚えのない生徒。だけどどこかで会ったことがある気がするのはどうしてだろう。 そもそも、どうして私の名前を知っているのか……。 「あれ、分かりませんか?」 そう言った彼は、眼鏡を外した。 「茜崎くん……?」 「はい!」 今までのあのダルそうな彼はどこへ行ったのか。 私は爽やかにニコッと笑みを浮かべた彼を見たまま固まった。 なんだかいつもより大人びて見えた。 「先輩? 宮元先輩!」 ずいっと彼の顔が近づいてきて我に返る。ハッとして開いたままだった口を閉じた。 「何があったの?」 「失礼ですね。もうすぐ2年生になりますし、先輩にも迷惑かけてましたし? 身だしなみに気を使ってみようかなって思ったんです。……変、ですか?」 「変じゃないわ。やればできるじゃない。これからもその恰好を続けてください」 そう言えば、茜崎くんはニコッと笑んだ。 「だけど、アクセサリーは禁止よ。あなた眼鏡なんてかけてなかったでしょう」 「あぁ、これ。ちゃんと度入りです。まぁ、確かに眼鏡がないと困るほど視力は悪くないので、普段はかけてなかったですけど」 眼鏡をかけなおした彼の顔の輪郭は、確かに少し歪んでいた。 「そう。アクセサリーじゃないなら問題ないわ。よく見もせずに注意してごめんなさい」 「いえ、気にしないで下さい。あ、ずっとここに居たら先輩の仕事の邪魔ですよね。そろそろ行きますね」 「えぇ」 下足室に向かって歩いて行く彼の背中を見送る。 履きつぶされていない靴は、新品なのかきれいだった。
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