惚れて通えば千里も一里

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呆気に取られて茜崎くんを見ていると、彼は眠たそうな目を細めた。 「そのまさかです。僕ってばすごく頑張ったでしょう?」 狐につままれた気分だ。 「本当はネタバレは午後らしいですけど、それだと先輩はもう帰っちゃうだろうし、早めのネタバレに来ました」 楽しそうに教えてくれる彼は、私を騙せて満足そうだった。 「だけど、髪は黒だったでしょう? どうしてもう戻っているの」 「先輩、世の中にはウィッグというものがあるんですよ」 このためだけに買ったのだろうか。 どれだけ注意しても身だしなみを直す気配がなかった彼だ。もはや馬の耳に念仏だなと思いながらも注意を続けていて、今年度からはようやく心を入れ替えてくれたのかと思っていたのに……。 呆れて言葉も出てこない。 「だけど、一度ちゃんとした格好ができたんだもの。これからもできるわよね?」 「嫌です」 食い気味だった。 「茜崎くん……」 「だって、そうでもないと、先輩と話せる機会ないじゃないですか」 「……はい? むしろあなたからすれば、話さない方がいいでしょう。ちゃんと校則を守ってくれれば、わざわざ門の前であなたを呼び止めなくて済むんだから」 「それだと困るから嫌なんですよ。それはそれとして、この格好は自分でも気に入ってるのでやめませんけどね」 彼の言いたいことがよく分からない。 「……あ、でも、それだと先輩は僕を嫌いになりますか?」 「私はあなたを好きでも嫌いでもないわよ。手のかかる後輩と言ったところかしら」 彼の意図の分からない質問に答えると、何故か茜崎くんが肩を落としたように見えた。 「だけど、これだけは言っておきます。私は見た目で人を判断するタイプではありません」 そう付け足せば、いとも簡単に彼は笑顔を見せた。 朝に見せた大人びたような爽やかな笑顔ではなく、無邪気な子どものような笑みだった。そうやって笑うと幼く見える。 「それじゃあ先輩、僕は今年も頑張ります」 「校則を守ることを頑張ってくれると言うことかしら」 「嫌です」 やっぱり食い気味だった。 「僕は、自分らしい茜崎絽万を好きになってもらいたいので。あ、言っておきますけど、これはエイプリルフールの嘘じゃないですからね? では先輩、さようなら。また春休み明けに」 茜崎くんは最後の最後でストレートな言葉を置いて教室を出て行った。 これだけは分かった。今年も彼が校則を守ってくれることはなさそうだ。 私は熱くなってしまった頬に手を当てながらそんなことを考えた。 了
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