0人が本棚に入れています
本棚に追加
6
翌朝。真穂はT県のとある町にいた。
昨日のうちに新幹線に飛び乗り、途中で特急列車に乗り換え、どうにかこの町に辿り着いた。
朝一で侑志の言っていた秘境駅へ向かい、待ち伏せして驚かせようと思っていたのだ。
しかし、ホテルのベッドではなかなか眠れず、寝坊した。
急いで駅に向かう。
駅に着くと、もうすでに秘境駅へ行く列車は出発していた。
次の列車が来るまで待ちきれなくて、真穂は侑志に連絡した。
「先輩今どこにいます?」
「昨日言ってた駅だけど」
まさかもう着いているとは。
真穂は彼を驚かすのを諦め言った。
「先輩! 私先輩に会いに来ちゃいました! だから、そこ動かないでくださいね!」
「えっ? は?」
侑志の焦る声を聞きながら、真穂は電話を切る。
緊張で心臓がどくどく鳴っていた。
しばらくして列車がやってくる。
秘境駅までは30分くらいで着く。
たったそれだけの時間が長く感じた。
列車は町から離れ、山の間を縫うように進んでいき、トンネルに入る。
トンネルを抜けた先に、小さなホームと木造の古めかしい駅舎が見えてきた。
右を見ても左を見ても緑に囲まれていて、誰もいる気配がしない。
本当にこんなところに侑志がいるのだろうか。
列車が止まる。
不安になりながら、車窓からホームを覗く。
駅舎のベンチに侑志が座っていた。
居ても立っても居られず、列車のドアが開くなり、真穂はホームに降りた。
「先輩!」
やっと会えた嬉しさに、真穂は胸がいっぱいになる。
「本当に来たんだ」
「はい。ごめんなさい。私、どうしても先輩とお花見がしたくて!」
先輩は黙り込む。その顔はちょっと不機嫌そうで、どきりとする。やっぱり迷惑だったのかもしれない。
(このままフラれるかも……)
大人しく待っておけばよかった。
びくびくしながら侑志の顔を伺う。
「今まで何回も連絡来たりとかはあったけど、こうやって旅先まで来られたのは初めてかも」
呆れたような声。
ああやっぱり嫌われたんだ、と真穂はぎゅっと目を閉じて身構えた。
「ごめん。ほったらかしにして」
予想外に柔らかな声がして、真穂はぱっと顔を上げた。
「浩紀から連絡あった。真穂がすごいへこんでるって」
かあっと真穂は顔が熱くなる。
「別にへこんでなんてないですよ! 先輩がいない間にバイトしたり色々やってましたから!」
言いながら、涙が滲んでくる。
我慢しなくては。
真穂はぐっと唇を噛んだ。
「ごめんなさい……。私うっとうしくて」
「いや、俺もちょうど顔見たいと思ってたから」
特別感情のこもってなさそうな、そっけな声で侑志が言う。
でもその顔はどこか照れ臭さが滲んでいた。
「本当ですか!」
「あーうん。もう帰ろかなって考えてたとこ」
落ち込んでいた気分が一気に明るくなっていく。
真穂は抱きつかんばかりの勢いで侑志に迫った。
「じゃあ今すぐ帰りましょう!」
「いや、次の列車来るまでけっこう時間あるから」
そうだ。ここは秘境駅だった。
今この駅にいるのも真穂と侑志だけ。
春の柔らかな日差しが降り注ぐホームには、静けさだけが広がっている。
線路の先を見つめつつ、真穂は大事なことを思い出す。
「先輩、私朝から何も食べてないんです。どうすればいいですか……」
周辺には店などない。
途方に暮れる真穂にリュックからパンを取り出し、真穂に手渡してくれる。
侑志は笑いを堪えているような顔をしていた。
食い意地が張ってると思われるのは恥ずかしいけれど、真穂は素直にパンを受け取った。
「ちょうどその辺に桜も咲いてるし、ゆっくり花見でもしてれば列車もすぐ来るだろ」
「はい! いただきます」
ベンチに二人で並んで座る。
侑志の言った通り、目の前の山には桜の木がいくつかあった。満開を過ぎて、ほとんどが散りかけている。
桜といえば──。
真穂はバッグからあるものを取り出した。
リボンでラッピングされた透明の袋。
桜の花びらの詰め合わせが入っていたものだ。
今はたった一枚の花びらしか入っていない。
真穂は立ち上がって、リボンをほどいた。
「行っておいで」
囁きかけて、花びらを風に放つ。
どこからか、別の桜の花びらもやってきて、一緒に空高く舞い上がっていった。
「何してんの」
怪訝な顔で侑志が聞いてくる。
真穂は「内緒です」と笑った。
結局花びらの正体がなんなのかはわからない。けれど、これでようやくちゃんと春を迎えられる気がする。
あの花びらもみんなと一緒なら寂しくないだろう。
「あのさ」
いつの間にか侑志が側に立っていた。
何だろうと首を傾げる真穂に、侑志が言いにくそうな顔でぼそっと呟いた。
「今度は真穂も誘うから」
真穂は驚きと喜びですぐには言葉が出てこず、かわりに侑志の手を両手でぎゅっと握った。
「楽しみにしてます!」
「ああ、うん」
侑志はそっぽを向いたけど、どんな顔なのか想像がついたから、真穂は思いきり笑顔になった。
〈終〉
最初のコメントを投稿しよう!