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 翌日になっても花びらは部屋を好き勝手に舞っていた。  真穂が床を歩くたびに足に絡みついてきたり、飲んでいるお茶の中に落ちてきてたり、なかなかうっとうしい。  けれど、花びらのおかげで部屋が華やかになった。   「ちょっと出かけてくるね」  夜。出掛ける前に玄関先で試しに花びらに話し掛けてみる。  花びらは応えるかのように、床からぴょんと飛び跳ねた。  真穂は花びらがかわいく見えてきて、ほんのちょっと心が癒された。  部屋を出て、晩御飯を食べるために、大学の近くにある中華料理屋へ行った。 「あれ、真穂ちゃん?」  カウンターに座る真穂に話しかけてきたのは、侑志の友人である森岡だった。 「侑志は一緒じゃないの?」 「先輩は今旅行中です。聞いてませんか?」 「そうなんだ。あいつ全然自分の話しないからなあ」  のんびりと言いながら、森岡が真穂の隣に座る。 「真穂ちゃんは行かなくて良かったの?」 「先輩の邪魔はしたくないので」 「邪魔って。そんなに遠慮することないでしょ。俺ですら一緒に行ったことあるのに」  聞き捨てならない言葉が聞こえた気がして、真穂は固まる。  てっきり侑志は一人旅が好きで、誰とも旅行には行きたくないのだと思っていた。 「誘われなかった? 侑志から」 「いいえまったく」 「今度は真穂ちゃんから誘ってみなよ。たぶん連れて行ってくれるよ」 「そうですね」  答えながら、そんなことがあり得るのだろうかと思う。  大盛りのチャーハンを機械的に口に運び、森岡に別れを告げ、店を出る。  頭がふわふわして、考えがまとまらない。  部屋に戻り、電気をつけると、歓迎するかのように花びらが舞った。 「君らは元気でいいね……」  花びらの上に寝転がると、舞い上がった花びらがはらはらと落ちてくる。  今の花びらはなぐさめてくれているみたいだった。 「先輩はなんで私と付き合ってくれてるんだろう……」  小さく呟くと、今まで堪えていた疑問が一気に湧いてきた。  一緒にいて気楽だから?  うるさく連絡したりしないから?  考えてみてもよくわからない。  真穂だってベタベタ四六時中くっついていたいわけじゃない。  連絡だってたまにでいい。  旅行だって別に連れて行ってくれなくていい。  けれど。 「こんなに会えないのはちょっときつい……」  前に友達が言った「もっと大切にしてくれる人の方がいいんじゃない?」という言葉を思い出す。  やっぱりその方がいいのだろうか。  連絡を密に取り合って、色んなところへ二人で行って、ずっと一緒にいてくれるような人。  そんな人と恋人になった方が幸せ?  想像してみたけれど、やっぱり会いたいのは侑志だけだった。  気を抜いたら涙が出そうになって、真穂は起き上がった。  ベランダの窓を開け、夜空を見上げる。  柔らかい風が吹いていた。  自分がこんなことくらいで参る人間だとは、恋をするまで知らなかった。  もっとたくましい方だと思っていた。  風が強くなる。  ざわっと何かがうごめく気配がした。  部屋の中を振り返る。 「わっ」  花びらたちがいっせいに窓の方めがけて飛んできて、窓の外へ出ていった。 (何だったの……)  真穂はあっけにとられる。  夜空に飛び出した花びらたちは、あっという間に風に流され見えなくなった。  静寂ののち、ひとひらだけが、真穂の手のひらに落ちてくる。  真穂はそれをそっと握り込んだ。 「……君だけ置いていかれちゃったんだね」  まるで自分みたいだと思った。  窓を閉める。  やっぱり侑志の顔が見たい。  桜が咲いているうちに。  真穂はスマホを取って、深呼吸しながら、電話を掛けた。  すぐに侑志の声がして、真穂は何でもないようなふりをして「こんばんは」と言った。 「何?」 「いえ、あの、先輩今どこにいますか?」 「えーっとT県」 「明日はどこに行きます?」 「秘境駅にでも行こうかと思ってるけど」 「なんて駅ですか」 「えっと──」  侑志が言った駅名を覚えて軽く挨拶して電話を切った。  侑志は真穂からの電話に終始戸惑っているようだった。  ふうと息を吐き、花びらを握り締める。これから、もっと彼を困らせることになるかもしれない。  それでも、真穂は止まることなどできなかった。
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