1/1
前へ
/6ページ
次へ

 翌朝。真穂はT県のとある町にいた。  昨日のうちに新幹線に飛び乗り、途中で特急列車に乗り換え、どうにかこの町に辿り着いた。  朝一で侑志の言っていた秘境駅へ向かい、待ち伏せして驚かせようと思っていたのだ。  しかし、ホテルのベッドではなかなか眠れず、寝坊した。  急いで駅に向かう。  駅に着くと、もうすでに秘境駅へ行く列車は出発していた。  次の列車が来るまで待ちきれなくて、真穂は侑志に連絡した。 「先輩今どこにいます?」 「昨日言ってた駅だけど」  まさかもう着いているとは。  真穂は彼を驚かすのを諦め言った。 「先輩! 私先輩に会いに来ちゃいました! だから、そこ動かないでくださいね!」 「えっ? は?」  侑志の焦る声を聞きながら、真穂は電話を切る。  緊張で心臓がどくどく鳴っていた。  しばらくして列車がやってくる。  秘境駅までは30分くらいで着く。  たったそれだけの時間が長く感じた。  列車は町から離れ、山の間を縫うように進んでいき、トンネルに入る。  トンネルを抜けた先に、小さなホームと木造の古めかしい駅舎が見えてきた。  右を見ても左を見ても緑に囲まれていて、誰もいる気配がしない。  本当にこんなところに侑志がいるのだろうか。  列車が止まる。  不安になりながら、車窓からホームを覗く。  駅舎のベンチに侑志が座っていた。  居ても立っても居られず、列車のドアが開くなり、真穂はホームに降りた。 「先輩!」  やっと会えた嬉しさに、真穂は胸がいっぱいになる。 「本当に来たんだ」 「はい。ごめんなさい。私、どうしても先輩とお花見がしたくて!」  先輩は黙り込む。その顔はちょっと不機嫌そうで、どきりとする。やっぱり迷惑だったのかもしれない。 (このままフラれるかも……)  大人しく待っておけばよかった。  びくびくしながら侑志の顔を伺う。 「今まで何回も連絡来たりとかはあったけど、こうやって旅先まで来られたのは初めてかも」  呆れたような声。  ああやっぱり嫌われたんだ、と真穂はぎゅっと目を閉じて身構えた。 「ごめん。ほったらかしにして」  予想外に柔らかな声がして、真穂はぱっと顔を上げた。 「浩紀から連絡あった。真穂がすごいへこんでるって」  かあっと真穂は顔が熱くなる。 「別にへこんでなんてないですよ! 先輩がいない間にバイトしたり色々やってましたから!」  言いながら、涙が滲んでくる。  我慢しなくては。  真穂はぐっと唇を噛んだ。 「ごめんなさい……。私うっとうしくて」 「いや、俺もちょうど顔見たいと思ってたから」  特別感情のこもってなさそうな、そっけな声で侑志が言う。  でもその顔はどこか照れ臭さが滲んでいた。 「本当ですか!」 「あーうん。もう帰ろかなって考えてたとこ」  落ち込んでいた気分が一気に明るくなっていく。  真穂は抱きつかんばかりの勢いで侑志に迫った。 「じゃあ今すぐ帰りましょう!」 「いや、次の列車来るまでけっこう時間あるから」  そうだ。ここは秘境駅だった。    今この駅にいるのも真穂と侑志だけ。    春の柔らかな日差しが降り注ぐホームには、静けさだけが広がっている。  線路の先を見つめつつ、真穂は大事なことを思い出す。 「先輩、私朝から何も食べてないんです。どうすればいいですか……」  周辺には店などない。  途方に暮れる真穂にリュックからパンを取り出し、真穂に手渡してくれる。  侑志は笑いを堪えているような顔をしていた。  食い意地が張ってると思われるのは恥ずかしいけれど、真穂は素直にパンを受け取った。 「ちょうどその辺に桜も咲いてるし、ゆっくり花見でもしてれば列車もすぐ来るだろ」 「はい! いただきます」  ベンチに二人で並んで座る。  侑志の言った通り、目の前の山には桜の木がいくつかあった。満開を過ぎて、ほとんどが散りかけている。  桜といえば──。  真穂はバッグからあるものを取り出した。  リボンでラッピングされた透明の袋。  桜の花びらの詰め合わせが入っていたものだ。  今はたった一枚の花びらしか入っていない。  真穂は立ち上がって、リボンをほどいた。 「行っておいで」  囁きかけて、花びらを風に放つ。  どこからか、別の桜の花びらもやってきて、一緒に空高く舞い上がっていった。 「何してんの」  怪訝な顔で侑志が聞いてくる。  真穂は「内緒です」と笑った。  結局花びらの正体がなんなのかはわからない。けれど、これでようやくちゃんと春を迎えられる気がする。  あの花びらもみんなと一緒なら寂しくないだろう。 「あのさ」  いつの間にか侑志が側に立っていた。  何だろうと首を傾げる真穂に、侑志が言いにくそうな顔でぼそっと呟いた。 「今度は真穂も誘うから」  真穂は驚きと喜びですぐには言葉が出てこず、かわりに侑志の手を両手でぎゅっと握った。 「楽しみにしてます!」 「ああ、うん」  侑志はそっぽを向いたけど、どんな顔なのか想像がついたから、真穂は思いきり笑顔になった。                                 〈終〉
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加