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「桜でも見て帰ろうか」  歩道ですれ違った誰かが言った。  振り返ると、幸せそうに寄り添うカップルの背中が見える。  二人の向かう先には大きな公園があった。  真穂(まほ)は引き寄せられるようにして、その公園に足を踏み入れた。  もうすぐ3月が終わる。今年は例年よりも早く春が来た。風はあたたかく、県内の様々な場所で、桜が満開を迎えている。  真穂が立ち寄った公園も、晴れ渡った空の下、たくさんの花見客で溢れていた。  その中には真穂と同年代くらいのカップルも多い。    みんな楽しそうに何かを囁き合って、手を繋いだりしている。  羨ましさに真穂はため息がこぼれた。  せっかく明るくした髪色も、新しく買った服も、全部色褪せているように思えてくる。  一人とぼとぼ歩きながら、ポケットのスマホを取り出す。  真っ黒な画面に映った顔は驚くほど元気がない。  こんなの自分らしくない、と真穂は無理矢理口角を上げた。  画面のロックを外し、アプリを開くところまでやって、閉じる。そしてまたため息。  ここ最近ずっとこんなことを繰り返している。  桜でも見れば、気分が上がるかと思ったけれど、逆効果だった。  もう帰ろう。  そう思ってUターンしようとした時。  視界の端に何かが映った。  公園の片隅。  もうすでにほとんど散っている桜の木の根元に何かが置かれていた。  近づいて見てみる。 『ご自由にお取りください。期間限定。桜の花びら詰め合わせ』  そう書かれた紙と共に、リボンでラッピングされた透明の袋が置かれていた。  ちょうど手のひらに乗るサイズで、中には桜の花びらがぎっしりつまっている。  袋の表には『必ず屋内で開封してください』との注意書きがあった。  真穂は何気なくその袋を手に取った。  何だっていいから、この憂鬱な気分をどうにかしてほしかった。
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