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「まぁ、あとはご隠居はんが片付けてくれはるやろ。お母はんが繋ぎつけてくれてるはずやしな」
「あの……」
茫然としつつも、スズは声を出した。すると清一郎は急に居住まいを正した。地べただというのに正座して、両手をついて頭を下げる。
「怖い思いさせて、ほんまにすまんかった」
「え、いえ、そんな……うちこそ、迂闊でした。せめて誰かに相談してから来れば良かったんです。ご迷惑をおかけしました。ホンマに、すんまへん」
「迂闊なんは、まぁそうやな。それでのうても、あんな刻限に女子が一人で出歩いたらあかん。どんな目に遭うか……」
清一郎のその反応には、スズはちょっと不服だった。
「普段どこにいてはるかわからへん旦さんが言わはりますか?」
「わしはええのや。どことは言わんけど、安全な場所におるさかい。それに男やしな」
「そんなん、ずるいわ」
「ずるぅない。現に危ない目に遭うたんはスズさんで……」
まだ言い募ろうとする清一郎の着物の裾を、スズは、がっしりと掴んだ。いきなりの行動に清一郎の口がピタリと止まる。そして、入れ替わるようにスズが口を開いた。
「捕まえました」
「……え」
スズの手は、これでもかと言うくらい強く強く清一郎の着物を掴んでいる。
「あのなぁ、今、そんな場合とちゃうやろ……」
清一郎が唖然としながらそう言うも、スズは首を横に振る。
「お守り袋……」
「は?」
「あのお守り袋のこと……何で旦さんが知ってはるんですか」
「何でって……あ!」
一つの疑問が、一つの答えに結びつこうとしていた。
スズは大阪に戻ってから、守り袋のことは限られた人物にしか話していない。話したのは、寿子と狸のご隠居のみ。他に挙げるとするなら、その場にいた善丸くらいだろうか。
少なくとも、清一郎に話したことは一度もない。それなのに、スズの守り袋のことを知っている理由は……考えれば、一つしか答えは出なかった。
「あの日、あの時、うちに来た男の子……守り袋をくれたんは、清一郎さん……なんやね?」
清一郎は、言葉に詰まっていた。あーとか、うーとか、声になるのかならないのかよくわからない声を発して、がっくり項垂れた。
「はい……そうだす」
観念したらしい。そしてスズより大きな図体を、きゅっと縮めていた。
「その……すまなんだ。わしのせいで、スズさんは……」
その先を清一郎が言うより先に、スズは、もう片方の袖をきゅっと握った。そして、声を絞り出して告げた。
「……ありがとう、ございます」
「……え? なんで礼を……?」
「狸のご隠居はんに、言われました……守り袋をくれたお人に、感謝しぃて」
「ご隠居はんが……はぁ、なんでまた?」
清一郎はよく分かっていないようだが、スズは、わかる。あの時、ご隠居と寿子がどんな気持ちでいたのか。
スズの胸のうちには、今、温かい思いが溢れかえっていた。どのように、どれだけ伝えればいいのかわからないほどに。
スズは清一郎の裾を掴んだまま、深く、頭を下げた。
「ありがとうございます。清一郎さんのおかげで、うちは今、こうしてここに居られます。あの時も、今も、うちのことを助けてくれて、ホンマに、ホンマに……ありがとうございます」
「それは……そんなんは……」
「あの時は清一郎さんが迷子で、うちが見つけた。今は、迷子になったうちを清一郎さんが見つけてくれた。そやから、うちらはお互いに迷子にならんように、一緒におらなあかんのと違いますか。もしはぐれたら、すぐに見つけてあげなあかんのやと、そう思うんですけど……どうですやろ?」
スズが、裾を握る手にきゅっと力を込めた。
「そやから……うちは、清一郎さんを捕まえました。清一郎さん……は?」
祈るような視線を、スズは向けた。
そんな視線を、清一郎は避けようとして、失敗していた。そして、裾を握りしめるスズの手をそっと握り返して、告げた。
「はい……スズさんに、捕まりました」
******
それからほどなくして、大阪の老舗豪商・百鬼屋にて、再び豪勢な祝言が挙げられた。
以前の祝言よりも更に大勢の客が訪れ、奉公人たちも共に、酒宴は三日も続いたという。
その途中、度々主である清一郎が席を外し、しばらく戻らないといったことが何度もあった。その度に花嫁が中座し、どこからか夫を連れ戻してくるのだった。
客たちはその度に大笑いし、宴席は更に盛り上がったという。
百鬼屋の主は相も変わらず、あやかし嫌いの臆病風。そやけど嫁はんはえらいお強くて、臆病風も吹き飛ばす。鬼面の旦那を追いかけ回す鬼の嫁……などと客の誰かが言ったということは、いついつまでも、語り草となっていた。
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