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君が少しのぞいてみたいと言って入った雑貨屋で、僕はある商品から目が離せなくなった。
季節はずれの、サンタのチャームがついたボールペン。
売れ残ったボールペンには赤い割引シールが貼られていて、雑貨屋の隅で寂しそうにしていた。
「可愛いね、そのサンタさん。欲しいの?」
君に声をかけられて、過去から引き戻される。好きな人とのデート中なのに、何を考えているんだ、僕は。
「い、いや? 君も特に買いたいものがなかったんなら、もう出ようよ」
ボールペンから視線を引き剥がして店の出口に向かおうとするも、君に服の袖を掴まれて足を止めた。
「ん、欲しいものあった?」
「ねえ、もしかして……」
君は言葉に悩んだようだった。
口をつぐんで僕を見上げた君の、心の奥底まで見通すかのような瞳に耐えられず、僕は君から目をそらした。
君は黙ってスマートフォンを手に取り、指を素早く動かした。
『ヒロが大学で言ってた初恋の女の子の話なんて、私は覚えてないよ』
何も返信できなかった。何も言えなかった。今日の僕は、彼女にとらわれていた。君に彼女の話をした記憶はあるけど、君がそれほど詳しく覚えているとは思っていなかった。デート中に別の女の子のことを考えるなんて最低じゃないか。
茫然と立ち尽くす僕を、切なそうにちらりと見た君は暗い表情でどこかに行ってしまった。
ああ、僕は。
中学生くらいの女の子の2人組が、かわいらしい商品が揃う雑貨屋で1人きりで立っている僕を邪魔そうに見ている。4つの冷ややかな目にせき立てられるように店を出た。
ドアのすぐ横の壁にもたれてズルズルと座り込む。
初恋は確かに君ではなかったけど、今の僕は間違いなく君が好きだ。今日だって、君に想いを告げられたらと思って来たんだ。
君を傷つけたいわけじゃなかった。でも、どうしても今日だけは、1年に1度のこの日だけは、彼女を思い出してしまう。
なんて謝ればいいんだろう。君を傷つけたことを後悔している今も、頭の片隅には彼女がいる僕は。
「ヒロ」
ガバッと顔をあげると、目の前にはどこかに行ってしまったはずの君がいた。
「これあげる」
君の手に握られていたのは、サンタのボールペンだった。
「なんで……」
「なんとなく」
君はスカートの裾を整えて、僕の隣にしゃがみ込んだ。何を言えば良いのか分からなくて、声が出せない。
君も何も言わないから、僕たちの間には気まずい沈黙が漂うのみだ。
『気にしてないよ』
静寂を破ったメッセージの通知に、「ごめん」とつぶやく。おそるおそる隣にいる君の目を見ると、君は眉尻を下げて泣きそうな目をしていた。
「ヒロの話は、ちゃんと覚えてる。その子のことが強く印象に残ってることも理解してる。でも、上の空になってるヒロと一緒にいるのは寂しいの」
きゅっと口を結んで、君は「今日は帰る」と立ち上がった。
駅の方に向かって歩き去ろうとする君の細い手首を慌てて掴むと、君は反対の手で僕の手をそっと離させた。
「ごめんなさい」
どうして君が謝るんだ。悪いのは僕なのに。
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