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「こんに・・・なんだ、旭か。」
振り返ると、店の入り口に黒い長髪を後ろで一つに束ねた、長身で鋭い目つきをした男性が立っていた。モノトーンな着こなしが、妖しい雰囲気を際立てている。
「おう、サク。ごめん、昨日ちょっと忘れ物しちゃって。」
男性はカウンターの近くに立ち、彼に話しかける。
「佳乃さん、旭です。この店、元々旭の店なんです。夜スペインバルをやってて。昼間俺が借りてカフェやって。」
彼はその男性に手を向けながら私に説明する。
「旭、こちら佳乃さん」
彼は今度は私に手を向け、旭と呼ばれた男性に紹介する。
「あー、サクがこの前言ってた佳乃さん。いつもありがとうございます。」
「こんにちは。」
挨拶を返すと、旭くんは軽く頭を下げ「ちょっと忘れ物探してくる。」とそのまま店の奥に歩いて行った。
「サク?サクくんって名前なの?」
「名前知らなかったですか?!佳乃さん俺に興味ないからなぁー。」
サクくんは悲しそうな表情を作り、大げさにため息をついている。
「興味ないってことはないよ!サク?てどんな漢字なの?」
「花が咲くの咲の一文字で、咲です。」
「綺麗な名前。」
「女性に勘違いされますけどね。」
「いい名前だよ。夜はここ、バルなんだね!」
「"sol nacient"ってスペインバルなんです。今年の1月から昼間俺が間借りしてカフェして。週末はバルも手伝ってます。」
「そうなんだ!今度はお酒飲みに来てみようかな。」
「だったら、週末に!俺がいる時に来てくださいね。」
咲くんはこちらをじっと見詰め念を押しているようだ。首を縦に振り頷くと、咲くんは手元に視線を戻しコーヒーをカップに注ぎ手渡された。
旭くんが店の奥から戻ってきて、カウンターの前で立ち止まる。
「忘れ物あったから帰るな。佳乃さんごゆっくり。夜もお待ちしてます。」
ヒラヒラと手を振り旭くんは店の入り口に向かって歩きだした。
「旭どうですか?」
背が高いなぁ。となんとなく店を出るまで見ていると、咲くんが怪訝そうな顔で聞いてきた。
「どう?!雰囲気ある人だなとは思ったけど。」
「旭はモテます!」
「え?」
「だから騙されちゃダメですよ!」
「わかった。」
「本当にですよ!」
「あはは、何に騙されるの?」
「惚れちゃダメってことです!良い奴ですよ。でもダメですからね!」
咲くんの言葉はいつもどこか好意的で、『特別な好意を持たれているのかも』と勘違いしてしまいそうになる。まだ出会って2週間で好かれるような理由もないことを考えれば、きっとみんなにそうやって接しているんだろうけど。
咲くんの淹れるコーヒーにも咲くんの作る空気にも癒される。
今日も彼の淹れたコーヒーを味わい、店を後にした。
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