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 麦谷くんは小さく笑った。私はひとつ息をつく。  二年前からコンテストへの参加を続けている彼をずっと見てきたが、その経験は確実に彼と彼の作品を成長させていると感じる。  なのに、彼はまださらに上へと進めていなかった。  毎回一次選考は通っても二次選考で落とされる。初めは一次選考通過を喜んでいた彼も次第に当たり前になっていき、最近は笑顔を見せることも少なくなっていた。 「曲の良さだけじゃないんだろうね。運とか審査員の好みとかもありそう」 「あるだろうな。でも『運が悪かったから』で終わらすほど自惚れられない」 「出たなストイックギタリスト」 「うるさいぞ花壇引越センター」 「極小隙間産業立ち上げないで」  水やりを終えてジョウロに余った水を辺りに撒く。  高温のアスファルトはすぐに水気を蒸発させるが、その一瞬に吹く風は心地いい。  風に乗って音楽が聞こえた。また違う曲だ。聴いた覚えがないから新曲だろう。  麦谷くんの抱えるギターから、滑らかに動く指先からそれは生まれる。魔法のようにも奇跡のようにも思えた。こんなに素敵なことをできる人がどうして苦しまなきゃいけないんだろう。 「これも、いい曲だね」  声が聞こえなかったのか、彼は何も答えない。ただ指を動かし続けている。  ジョウロを片付けて、私は日陰に入って段差に腰掛けた。ぬるい風が髪を揺らしてくすぐったい。  コンテストなんてどうでもいいな、と私は思う。彼には悪いけれど。  この宙を優しく漂う音符が無ければ、この屋上はどんなにつまらない場所だったろう。  誇ってほしい。こんなに暑くても、私はここに座ってしまうのだ。 「……麦谷くん」 「ん?」  彼は演奏を続けながらこちらを向く。私は黙って首を横に振った。それからただ静かに耳を傾ける。  いつまでも聴いていたいと思わせる音楽を君は作れるんだよ。  そんなこと彼にとっては何の意味もないのかもしれないと思うと怖くて、伝えることができなかった。
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