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 夏休みがもうすぐ終わる。  スマホのロック画面も、リビングの壁に掛けられているカレンダーも、沈むスピードを上げる太陽も、容赦なくその事実を突き付けてきた。宿題は済んでいるので恐れる必要はないけれどやはり物寂しい。  夏が終わればすぐに秋が来る。その次はもう冬だ。  九月中には、私たちは自分の進路を確定しておかなければいけない。夏休みの宿題なんかより、もっと大事な課題だった。 「くそ」  音楽のない屋上に、呻き声に似た音が響いた。  麦谷くんはそのまま潰してしまいそうなほどに強くスマホを握りしめる。私は花壇に水をやりながら遠巻きに彼を見た。どうやら今回も望まぬ結果となったようだ。  それはこの夏休みの間に何回も見た光景であり、これまでに何十回と繰り返されてきた結末だった。 「やばいな。あとひとつだ」  麦谷くんは誰ともなく、口から言葉を零すように言った。ひとつ、というのはおそらく現在結果待ちのコンテストの数だろう。  コンテストにはそれぞれ審査期間というものが設けられている。応募してすぐに結果がわかるわけではない。  審査期間の長さは各コンテストによってまちまちだが、今月締切のコンテストだと一次審査の結果がわかるのは大体十二月末。二次審査となるとさらに先になる。来月には進路を決めなければならない彼には遅すぎだ。 「その結果発表っていつなの」 「たぶん来週あたり」 「それ、いけそうなの?」  馬鹿な質問をした、と口にしてから気付く。 「自信はある。でも結果はわからない」  当然の答えだった。彼はいつだって本気なのだから。  中途半端な作品を提出するわけがないし、そもそもそんな作品は一次選考の段階で落とされる。  いけそうか、なんて。  いけると思って出してるに決まってるじゃないか。 「いや、いけないかもしれない」  予想外の言葉が聞こえて、私は彼のほうを見た。  麦谷くんは右手を口元にやっていた。は、と息を吐く音が聞こえる。  その両目は大きく見開かれていた。まるで自分じゃない何者かに無理矢理喋らされているかのようだ。 「一次は何度も通った。けど二次は全部落ちた。俺はここまでの男なのかもしれない。一・五次の男なのかも」 「それはよくわかんないけど」  彼の軽口に私はどう反応していいかわからなかった。口調はいつも通りなのに顔が違うからだ。  そんな表情のない顔で言われたら笑えるものも笑えない。
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