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「──なあ、園芸って面白いのか?」  彼は唐突にそう尋ねた。園芸部について質問されたのは初めてで私は戸惑ってしまう。 「なに驚いてんだよ」と麦谷くんは笑った。傍らにはケースにしまわれたままのギターがフェンスに立てかけてある。 「まあ、私は好きだよ。生きものを扱うからやっぱり大変だけど、元気に育ってくれるのは嬉しい。成長してく中でいろんな顔を見せてくれるのは楽しいしね」  彼の意図がわからないまま私は園芸の楽しみを説明する。彼は給水タンクの影に座って「へえ、いいね」と言った。 「俺も入ろうかな、園芸部」 「はい?」  私は自分の耳を疑った。聞き間違いだろうか。  そう思っていると「入部届とかいる?」と彼はさらに訊いてくる。  何を言ってるんだろう。私の内側からふつふつと湧き上がるものがあった。 「いや部長の許可があれば別にいらないか。なあ桐葉部長」 「いりません」  思ったより冷たい声が出た。気持ちを抑えすぎたせいだ。  でも、少しでも気を抜けば私の理性は吹き飛びそうだった。 「新入部員なんていりません」 「なんだよ。ずっと部員欲しがってたくせに」 「この場所を」  彼が最後まで言い終わる前に、遮るように私は告げた。 「園芸部を逃げ場にしたいだけの人はうちにはいりません」  彼は私を見ていた。  怒るでも泣くでもなく、空っぽの瞳でただ私を見つめていた。私は今どんな顔をしているだろう。  無性に腹が立っている。何に怒っているのかはよくわかってない。彼が夢を中途半端なまま投げ出して園芸部に逃げこんできたからか。  いや、違う。人生で一度も逃げることは許さないなんて思うほど私はストイックじゃない。 「……なんで」  だからこれは単純な怒りだった。  大事な物が壊されたり、大切な人が傷つけられたり、そんなときに誰もが抱くごく一般的な感情。 「なんでもっと自分を信じてあげないのよ」  彼はあんなに綺麗な音楽を奏でられるのに。彼はあんなに素敵な魔法を使えるのに。  君はあんなに頑張ってきたのに。  麦谷くんはしばらく何も言わなかった。静かな時間が過ぎていく。  野球部も吹奏楽部もバスケ部も音を立てない。彼の音楽があったから、今まで彼らは自由に歌えていたのかもしれないとすら思ってしまう。そしてきっとそれは私も同じだった。
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