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「……落ちていくんだ」  やがて彼は小さく呟いた。 「俺の中に大きい塊があってさ。選考に落ちるたびにそれが端からぽろぽろ欠けて落ちていく。何度も何度も削り取られて、もうほとんど残ってないし、剥がれるたびに痛い」  とうとうと彼は語った。  その淀みない口ぶりは裏で濁流を押し留めているからだと今の私にはわかる。 「どうすりゃいいかわかんないんだよ。いつもいろんな音楽を聴いて、毎日ギターを練習して、何曲も形にして、コンテストの傾向を分析して、受賞作を研究して、今あるものを全部出しきって、それでも駄目ならどうすりゃいい。俺がどんな曲を作っても選ばれないものしか生まれない。そうとしか思えないだろ」  彼は拳を握りしめる。ずっとこんな思いを抱えていたのだろうか。  けれど必死に見ないふりをして、ひたすら音楽を作り続けた。次の曲こそ、と。  でも信じてはまた裏切られる。見ないふりをしているものを眼前に突き付けられる。  人は何度までなら立ち上がれるのだろう。  脚が折れるまで突き飛ばされて、その痛みに歯を食いしばりながら上を向いて、今度はその頬を殴られてもまだ動けるのだろうか。  自分を信じろ、というのは、もっと傷つけ、と同義なのかもしれない。 「……麦谷くん」  私は彼のほうに歩み寄る。地べたに座る麦谷くんはとても小さく見えた。  給水タンクの影に足を踏み入れた瞬間ひやりとした空気に包まれる。これじゃ駄目だ。  私は彼の手を取った。 「え」 「こっち」  麦谷くんの目に感情が宿った。その手は少し冷たい。  彼と繋がっている右手とは反対の左手で傍に置かれたペットボトルを拾う。  軽く引っ張ると、彼はまだ戸惑いながらも腰を上げてくれた。 「ここじゃ駄目」  私は花壇のほうへと歩く。彼は大人しく後をついてくる。  こんなに軽くなるまで削れてしまったのか。そうわかっているのに、私はきっとひどい人間だ。  彼を連れて日向に出る。眩しい太陽が私たちを照らす。 「ほら、見て」  彼を花壇の前まで連れて行って手を離す。  花壇に植えられた花たちはその花弁を徐々に開き始めていた。ほとんど開ききっているものもあり、まだ開く気配のないものもある。この蕾がいつか開くのかは私にもわからない。  でも、咲かせたいとは思う。 「花はね、地面から生えてるんだよ」 「それはまあ、知ってるけど」  麦谷くんは曖昧な返事をした。意図を汲み取ろうとしているのだろう。  大丈夫。今から私が教えてあげるから。  自信なんてあやふやなものじゃない。  これは自然で、これは園芸だ。
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