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私が伝え終えると、辺りは静寂に満たされる。
どんな返事をしてくれるだろう。
彼の言葉を待っていたが、沈黙が不自然に長いので私は不思議に思って視線を下げる。
隣の麦谷くんは唇をきゅっと引き結んで頬を膨らませぷるぷると小刻みに震えていた。
しかし結局堪えきれず、ぶはっ、と噴き出す。
「あはは、コーンフレーク作りに大学行くのかよ!」
「あ、笑った! 人の人生設計笑ったな!」
「悪い悪い。ここまで予想外の話が出てくると思わなくて」
悪い、と言いながらも彼はまだ笑い続けている。こっちは真面目に考えたのに。
「いいよもう。キリハプレミアムコーンフレークが完成しても麦谷くんには一粒もあげないから」
「商品名まで決めてんじゃん。でもそれスーパースターが食べるんだよな?」
「うん。まあ例えばの話だけど」
「そっか」
彼は何かに納得したように呟いて、空を見上げた。
「なら、俺が一番最初にいただくよ」
空を向いたまま彼は言った。
その目には何が映ってるんだろう。何も映っていないのかもしれない。
空を見上げるのはそこに何かを見つけるためだけではないと、身をもって知っている。
「……そういうのは、なってから言うもんだよ」
「どうせいつかなるんだから一緒だろ。それよりそのコーンフレークの開発早めに頼むな、桐葉」
「ちょっとなんでそっちが先みたいになってるの。麦谷くんこそ私のコーンフレークが食べたくば早くスーパースターになりなさい」
そう言い返すと「負けるかよ」と麦谷くんは笑った。「私も負けないよ」と口角を上げる。
すると彼は人差し指を真っすぐに立てて、青空の中心を指差した。
「じゃあ、あそこで待ち合わせだな」
「だからダサいんだってそれ」
ひとしきり二人で笑ってから、私たちはそれぞれの場所に戻った。
私はいつものようにジョウロに水を入れて、彼はケースからギターを取り出す。
日向と日陰に分かれた私たちは同じ空の下で違う道を進んでいく。ただひたすらに長く険しい階段を上っていく。
人生は厳しいけれど、その先にある扉の向こう側で、また彼と出会えたら嬉しい。
「うん、いい天気」
ジョウロの先から雨が降る。無数の音符が宙を舞う。
星の見えない空の下で、開ききらない花々が揺れた。
(了)
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