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「そういえば麦谷くんは進路どうするの?」
来週までに提出するように、と進路希望調査表を渡された。
たった一週間で将来を決めなきゃいけないのかと驚いたが、他のクラスメイトは特に抵抗なく受け取っていたので高校三年生になっても何も考えてない私のほうが少数派なのかもしれない。
麦谷くんの進路が私の参考になるとは思わなかったが興味はあった。
「あーまだ決めてない」
その返事にほっとする。彼もこちら側の人間だったようだ。
「そうなんだ。麦谷くんはてっきり音楽系に行くんだと思ってた」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」
「いや別に」
「でも音楽はやってたいよな。特にこうなりたいとかは無いけど」
「スーパースターは?」
ピンと人差し指を立てる。麦谷くんは「ああ」と笑う。
私は花たちから目を離して彼を見た。彼の鳴らす音が少しだけ冷たくなった気がしたからだ。
「担任に相談したけど、スーパースターって職業はないんだと」
「そりゃそうよ。職業で言うならミュージシャンでしょ」
「それも言ったけど、そういうのは代々音楽家の家系だったり業界に繋がりがあったりする一握りがなれるもので普通の高校に通う人間には無謀だ、って教師にも親にも言われたな」
「つまり?」
「現実を見ろってさ」
涙のような音符が屋上へと零れ落ちる。
あまりにあからさまな悲しい音を聞いて、私は思わずにやけてしまった。
「麦谷くんの言ってた通りだね」
「ああ。やっぱりスターになるやつの朝飯はキャビアだってみんな思ってんだ」
零れ落ちた音を拭い取るように、彼はまた大きくギターを鳴らす。それは器に盛られたシリアルにスプーンを突っ込む音にも聞こえた。
「で、どうするの実際」
私は尋ねる。彼は二年前に初めて会った頃から今日のことを想像していた。
そして、それを跳ね返すために作曲を続けてきたのだ。
「そんなに現実が好きなら現実を見せつけてやるだけだよ」
音楽が止まった。眼下のグラウンドから野球部の掛け声が響き、音楽室から吹奏楽部の演奏が漏れ聞こえる。
麦谷くんは乱暴に転がされた鞄の中からスマートフォンを取り出した。
その画面にはずらりと文字の並んだ表が表示されている。
「この作曲コンテストで賞を取って、俺の音楽への本気を証明してみせる」
麦谷くんの掲げたスマホには『一次選考結果発表』というタイトルと彼のアーティスト名が記載されていた。
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