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「まあ屋上って一番高いもんな」 「そんな一言で片付けないでよ」  八つ当たりだというのは分かっていた。しかしそれほどに私は絶望していたのだ。 「いいじゃん一年生部長。なかなかいないし」 「いないんじゃなくて、いちゃ駄目なんだよ」  私は溜息をつく。まだ皺ひとつない制服が太陽の光を反射して艶めいた。  まさか新入生がいきなり部活のトップに立つなんて。  事の発端は「中庭より屋上で育てたほうがいいんじゃないですか」という私の進言だった。  私が園芸部に入った頃、部で管理していた花壇はコの字型の校舎の中庭にあった。あまり活用されていなかった中庭はスペースとしては十分だったのだが、三方を建物に囲まれていて日当たりが悪かった。  植物の生育に日光は不可欠だ。純粋に彼らのことを思っての発言だった。 「うん、そうだね。そうしよう」  当時の部長は快く応じてくれた。みんな薄々気付いていたが言い出せなかっただけなのだろうと私は思っていた。  それからすぐに花壇は屋上に移送された。土を運ぶのは重かったが、みんなで手分けしてなんとかすべて移し終え、園芸部の主要活動場所は屋上となった。  園芸部の活動は今後なお一層活発になるだろう。そう確信していた。 「ごめんね桐葉ちゃん」  部長から退部届を受け取ったのはその翌週。しかも私以外の部員全員分だ。 「え……どういうことですか」 「えっと、すごく簡単に言うとね」  私が理由を尋ねると、部長は目を逸らしてとても言い辛そうに口を開いた。 「階段がきつくて」  私は唖然とした。植物への愛が階段の険しさに負けた瞬間を初めて見た。  そして残された私は自動的に園芸部部長となった。 「いやそんなことある? たった五階分だよ?」 「文化部の文化度を舐めすぎたな」 「今年から園芸部は運動部に生まれ変わります」 「ますます人が遠ざかりそうだけど」 「打つ手なしじゃない」 「人生は厳しいな」 「だから一言で片づけないでって」  ぽんぽんぽん、と麦谷くんは弦を弾いた。その音が笑っているように聞こえて少し苛立つ。もちろんこれも八つ当たりだ。 「何にせよ俺の屋上に人は少ない方がいい。静かで」 「屋上はみんなのものでしょ」 「完全に私有地化してる部長が言うかね」 「部長って呼ばないで」  明らかにこちらの分が悪いので話を逸らす。花壇の引っ越しがされるまで、ここは事実上『彼の屋上』だった。  というのも、屋上を頻繁に利用していた生徒は麦谷くんしかいなかったのだ。私が花壇の移送先に屋上を提案したのも、まさかこんな場所を好き好んで訪れている人がいるなんて思わなかったからでもあった。  うちの高校の屋上は狭い。  ただでさえ広さのないスペースに給水タンクや室外機が設置されており圧迫感がものすごい。唯一開けたエリアも日当たりがいいというだけで景色も悪く窮屈だ。  だから移送先の下見に屋上を訪れたとき、音楽が流れていてとても驚いた。
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