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「え、こんなところで何してるの」
何も敷かず地べたに座る彼は演奏の手を止めて顔を上げた。
たしか隣のクラスの生徒だ。麦谷くん、といっただろうか。
「見ての通りギター弾いてる」
彼の手が動いて、じゃら、と音を鳴らした。テレビでは見たことがあるが、実物のギターを見たのは初めてだった。
「それはわかるんだけど、普通音楽室とかじゃない?」
「ああ、追い出された」
音楽室は吹奏楽部様のものなんだと。
彼がそう言った直後、存在を知らしめるかのように金管楽器の大きな音が階下から聞こえた。
「それは理不尽だね」
「まあ吹奏楽部が全部悪いってわけじゃないけどな。悪いのはこの学校に軽音楽部がないことだ。立ち上げの手続き踏んでも、顧問が見つからないとかで取り下げだし」
この高校の部活動数は他校に比べると少ない。
元々あまり部活動に力を入れる方針ではないのだろう。設備や人材も用意できていないに違いない。
「だからこんなところで演奏してんだよ」
自虐的な笑みを浮かべる彼を見て、私はなんだか申し訳ない気持ちになる。
「でもさっきの曲、素敵だったよ」
私はギターを抱えたままあぐらをかく麦谷くんにそう伝えた。罪滅ぼしの気持ちが無いとは言い切れないが、その言葉は紛れもなく本心だった。
「当然だろ」
彼の得意げな声を聞いて私はさっきの発言を少し後悔した。言わなきゃよかった。
けれどその微量の後悔は、続く彼の言葉に中和される。
「俺はスーパースターになるんだから」
「スーパースター?」
「そう。あの星みたいな」
「どの星?」
麦谷くんはピンと人差し指を立てて青空を指す。そこに星はひとつも見えない。
「この空で一番眩しい星だよ」
指を立てたまま彼はにっと笑う。
今の彼が奏でる音はとても良く響きそうな気がした。
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