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三年間握り続け、もはや自分の手足のように動くジョウロを麦谷くんに向ける。彼は「あぶねっ」とすんでのところで私の雨を避けた。アスファルトの色が変わる。
「もういっそ麦谷くんが語り継いでよ。ギター一本で旅してさ」
「俺がなりたいのは吟遊詩人じゃない。スーパースターだ」
きゅんと音が鳴った。
そちらに目をやると、彼がギターの先端にあるツマミを捻っては弦を弾いている。チューニングというのだと前に教えてもらったが、実際何をやっているのかはよくわかっていない。
「スーパースターって結局どういうものなの?」
その質問に大した意図はなかった。いつものことだ。
放課後は大体彼と二人で過ごしていることもあり、いつからか彼の演奏が止まったときは雑談を交わすようになっていた。
「あー音楽で言えば、たとえば聴こうと思って聴いたことないのになぜか知ってる曲ってない? で、ちゃんと聴いてみたらドハマりしちゃうみたいな」
「あ、たまにある」
「それ作ってんのがスーパースターだ」
「ふうん」
「興味なさすぎだろ。もう少しうまくやれ」
興味があって尋ねているわけではないことは彼にもわかっているので言葉の割に声色は穏やかだ。
ふと見れば先程濡らしたアスファルトはすでに乾いていた。七月なのに梅雨の気配は薄く、感覚的にはもう夏だ。
「そういえばまだ食べてるの?」
私の問いに、彼はツマミを捻りながら即答した。
「当然。うちは一般家庭だからな」
彼の誇らしげな言いようが可笑しくて私は小さく笑った。
水やりを済ませてジョウロを片付ける。チューニングを終えた彼は再び演奏を始めた。
私は二年前と同じように揺れる花を眺める。
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