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「麦谷くんはなんでスーパースターになりたいの?」
そう尋ねたのは花壇の移送が終わり一ヶ月ほど経った頃。
さわさわと気持ちよさそうに風に揺れる花たちを眺める。花たちは中庭に植えているときよりも明らかに艶が増していて、やはり引っ越しは正解だった。
しかしあれからひと月が経つというのに園芸部に人が増える気配はない。
今後も彼と二人きりの状況が長く続きそうだ、と悟った私は少しでも良い関係を築いておこうと話を振った。
話題は何でもよかったが自分の話のほうが彼も答えやすいだろう。
「桐葉って朝飯は何派?」
「いやなにその話」
急な話題の転換に戸惑う。もしやこの話題はタブーだったんだろうか。
「関係あるんだって」
麦谷くんはそう言い張り、訊いたのは私でもあるので渋々「パン派だけど」と答える。
「洋風だな。日本人なのに」
「いいでしょ別に。パンも今や立派な日本食だよ」
「うちはコーンフレーク派なんだ」
「どの口が言ってるの」
彼と友好な関係を築くという当初の目的は完全に私の頭の中から失われていた。彼とはうまくやっていける気がしない。
「じゃあスーパースターの朝飯ってなんだと思う?」
麦谷くんは、ぽんぽん、と弦を弾きながら尋ねた。音楽になっていないその音はギターの独り言のようにも聞こえる。
「……なんだろ。全然想像つかない」
「だよな。キャビアとか食べてたりして」
「それは極端だけど」
「でも可能性はある。と、みんな思ってる」
と、俺は思ってる。麦谷くんはそんな風に言う。
私は額に浮かんだ汗を拭う。気付けば、ずっと日向に立ちっぱなしだった。七月とはいえ日差しはすでに夏用なのでかなりの暑さだ。
麦谷くんは平気なのかなと見れば、彼のいつも座っている場所はちょうど給水タンクが影を落とす場所だった。やはり彼とはうまくやっていける気がしない。
「スターってのは生まれたときから違うもんだ。類まれな容姿と才能を併せ持っていたり、両親がビッグネームだったり、そんで大抵が富裕層」
「と、みんな思ってる?」
「そういうこと」
「偏見すぎない? そうじゃない人もいるよ、たぶん」
「けど少ないだろ。そういうのは『大抵』に含まれないんだ。いないもんとして考えられる。乳幼児はバスの乗車賃が無料、と同じだ」
彼はよくわかるようなわからないようなことを堂々と言った。
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