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『このことは絶対誰にも言わないでくれ』
ぴゅん、と跳ねるような音が降ってきて、私は彼の言葉を思い出した。
暗い階段の先にある扉の小窓から光が差し込んでいる。その光に乗るように、じゃらら、とか、てんてんてん、とか様々な音が流れている。
するとバラバラに聞こえていた音が不意に連なって旋律を紡ぎ出した。爽やかな音色に、私の足取りも思わずリズムを刻んでしまう。
大きな音符の上を跳ねるように階段を上って、私は屋上への扉を開けた。
「この曲は青空に映えるね、麦谷くん」
真っ青な空を泳ぐように流れていた音楽が止まる。
屋上の地べたにあぐらをかいて座る麦谷くんは顔を上げた。
「ああ。なんせさっき空見て浮かんできた曲だからな」
屋上を囲むフェンスに背中を預けて、麦谷くんは抱き締めるように持つギターを、じゃらん、と一度鳴らす。
そのギターはアコースティックギターというのだと前に彼は言っていた。ギターの種類なのか彼の技量なのかはよくわからないけれど、なかなかいい音だと思う。
「今日も来るの早いね」
「うちはホームルーム短いから。桐葉も毎日大変だな」
「まあこの子たちのためだから」
私は左手側に座る麦谷くんを素通りして屋上を進む。彼の傍に置かれた天然水のペットボトルが視界の端に映る。
ふわりとやわらかい風が吹き抜けた。
野の薫りがする。風に色があるならこの風はきっと淡い緑色だ。
「やっぱり晴れてるとみんな元気だねえ」
「園芸部部長ともなれば花の調子までわかるのか」
「なんとなくだけどね」
ただでさえ狭い屋上の片隅にある、ほんの一畳ほどの花壇の傍に私はしゃがみ込んだ。
こぢんまりとしたスペースに詰め込まれた植物たちはまだ花こそ咲かせていないけれど、昨日よりも茎は伸び、葉は増えている。それらは六月のあたたかな日差しを浴びて鮮やかに艶めいた。
「部長のおかげで今年もすくすく育ってる」
「大したお世話してないけどね。みんな私たちよりずっと強く生きてるから」
「そりゃ負けられないな」
私が渇いた土に水をあげていると、ぽろぽろと音符を零すように彼は弦を弾いた。
それは昨日「蛇口から水滴が落ちてたの見て浮かんできた」と話してくれた曲だ。
麦谷くんはいつも感性の赴くままに音楽を紡ぐ。楽器のできない私にはまるで魔法のように思えた。
将来は有名アーティストになったりして、と考えたところで、私はさっきホームルームで配られたプリントのことを思い出す。
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