第一話、俺様三大怨霊に憑かれて溺愛されるようになりまして……。

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第一話、俺様三大怨霊に憑かれて溺愛されるようになりまして……。

「う、ん……。ん」  まるで腹の上に重りでも乗せられているようだった。  まだ寒さの残るこの季節で寝苦しいのはおかしいと、桜木朝陽(さくらぎあさひ)は無理やり瞼を押し上げた。  やはり腹の上にナニカが乗っている。  しかも指先一つ動かせない。  いわゆる金縛りだというのが分かりため息をついた。  幼き頃からこうした心霊現象を体験している朝陽からすれば日常茶飯事のことで、また、自身で祓える力も防御する力もある。  今日も寝る前にきちんと結界を張って寝ていた。  しかしこうして金縛りに遭っている事を考えれば、朝陽の結界を破れるそれ相応の霊力を持つナニカだという事だ。  祓うのも面倒で、このまま寝てしまおうかと思いながら、眠気に負けそうになっていた時だった。  腰に乗っているナニカが蠢いて、朝陽の体を弄り出したのだ。  主に下半身だが、上半身にも擽ったいような妙な感覚があり、朝陽の眠気は漸く覚めてきた。  ——は? もしかしなくても、今、犯されかけているのか?  一気に目が覚めた。  まさか男好きの色情狂がいるとは思いもしていなかった。 「良い度胸してんじゃねえか」  即座に金縛りを解き、腰の上に乗っているナニカを霊力で弾き飛ばす。  強制的に浄霊したと思ったのに、ナニカはベッドの下に飛ばされただけで、大したダメージを受けていなかった。  蠢く影が段々鮮明になっていき、一人の武者が顔を上げる。  ボサボサの長い黒髪の左側だけが短くなっているのを見ると、霊力の放出で無くなったのは髪の毛だけだったのだと知って朝陽は驚いた。  短くなった髪の隙間から、切れ長の目を持つ端正な顔立ちが(あらわ)になる。  宝石のように輝く本紫色の瞳が、驚きに見開かれていた。  唖然とする。  夜這い相手を間違えたのかと考えてしまったくらいだ。  女に困っていそうな顔ではない。 「お前、何故動ける?」  低音の声音が朝陽の聴覚を揺るがした。  朝陽はつられて口を開く。 「へ? あー、特異体質だから?」  遠く離れた実家で神社の神主をしている祖父も太鼓判を押す程に、朝陽の霊力はチートだった。  その上、厄介な体質でもある。 「お前の様な者は初めて会ったわ。ほう、これは中々面白い」  男は興味津々といった様子で顎に手をやり、朝陽を見つめていた。  朝陽はもう一度浄霊してやろうかと思考を巡らせたが、ふと思い当たる事があり、直接男に聞いてみる事にした。  どうも嫌な予感がする。  そんな予感は外れて欲しいとは思いつつも、朝陽は確信めいた物を感じていた。  朝陽の働いている会社の近くには、とある武者の首塚があるからだ。  関わりたくなかったし、気付かれたくもなかったので、極力気配を消していたつもりだった。  ゴクリと生唾を飲み込んだ。 「あの……お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」  つい下手に言葉を紡いだ。 「平ノ将門だ」  ——やっぱりかー‼︎  頭を抱える。嫌な予感的中だ。  日本三大怨霊の一人と出会う予定等なかったというのに。  それに、平ノ将門がイケメンだなんて聞いていない。  学生時代に習った歴史や書籍で見た限りでは普通の顔だったと記憶している。 「マジか……」  知らなかったとはいえ、神格化しているあの有名な大怨霊の髪の毛を吹き飛ばしてしまったのは大失態だ。  きちんと確認してから攻撃すれば良かった。  どうしようか悩んだ末に「お詫びに髪の毛を整えさせてください」と朝陽は頭を下げた。 「ほう、お前俺に触れるのか。けったいな奴だな」 「はい。特異体質なので……」  意気消沈しつつも、大切な事なのでもう一度言った。  実際、自他ともに認める程には朝陽は特異体質なのだ。  視えるし、聞こえるし、意思疎通も可能の上、除霊も出来れば、浄霊も出来るし、何なら結界も張れる。それプラス、霊からも触れられるし、朝陽からも霊に触れる事が出来た。  将門を風呂場に招き、朝陽は鋏に霊力を込めてから刃を入れてみる。すると、男の髪の毛が切れた。  男らしく凛々しい顔立ちが隠れるのは勿体ないと感じて、片側だけ長めのショートにしたツーブロックにすると、将門が感心した様に朝陽を見ている。  昔から他人と関わり合うのが苦手で美容室へ行くのに抵抗があり、自分で髪を切っていたのがこんな所で役に立った。 「中々良いではないか。器用だなお前」 「ありがとうございます」 「先程のように話せ。後、将門でいい」  邪魔な虫でも払う様に片手を振られてしまい、朝陽は安堵の吐息をつく。  どうやら機嫌は悪くないらしい。  祟られずに済みそうだ。 「これでどうだ? 将門は顔立ちがいいからこの方が似合うと思うぞ。今風になっちまったけどな。それにその綺麗な目を隠すのは勿体ない」  切り落とした髪の毛を片づけようとすると、不思議な事にタイルの上から消えていた。  まあいいか、と頭を切り替える。  将門は気に入った様子で鏡を見ていた。 「おい、鎧もどうにかしろ」 「俺の部屋着で良ければ……」  朝陽が大きめサイズの服をクローゼットから取り出してきて手渡すと、将門は徐に鎧を外し始めた。  脱いだ側から床に吸い込まれるように消えていく。  片付けが必要ないのはとても便利だ。 「もっと苦しくない物はないのか。軽くて肌触りはいいが息苦しい」  朝陽には大きめの服でも、体躯の良い将門が着れば服が小さく見える。  推定重量四十キロはある鎧よりかは良いと思う、とは言葉にしなかった。  それにもっと大きいのを寄越せと言われても残念ながら朝陽は一人暮らしの身だ。  朝陽の服以外はある筈もない。 「俺の服で一番大きいのがその服なんだよ。将門の体躯が良過ぎるのが悪い。明日会社帰りに買ってくるからそれまで我慢してくれないか」  朝陽は尻目に将門を見た。 「会社とは何だ?」  平安時代から時代が変わり過ぎている。  耳に入る言語や、目に映る物全てが珍しいのだろう。  何から何まで説明しないといけないのは煩わしいが、簡単に告げた。 「あー。仕事って言えば分かるか? 労働だ。将門の居た塚の近くに大きな建物があっただろう? 俺はそこで働いてる」  またしても興味津々と言った様子で将門が朝陽を見ている。 「成る程な。ところでお前、名は何と言う?」 「桜木朝陽だ。塚から憑いてきたんじゃないのか?」  首を傾げた朝陽に、将門が口を開く。 「さてな。気が付いたら此処に居た」  沈黙が流れた。段々考えるのも面倒になってきて「寝るから静かにしていてくれるとありがたい」とだけ伝えると朝陽は目を閉じる。  将門はいつの間にか部屋から居なくなっていた。 *** 「おい、朝陽。あれは何だ?」 「……」 「何だこの四角いものは。面妖(めんよう)な」  ——アンタが一番面妖だ!  次の日、朝陽が出社すると将門は急に現れたかと思いきや、矢継ぎ早に朝陽に質問しては纏わり付いた。  いや、纏わりつくを通り越して朝陽は将門に背後から、ガッシリと抱きしめられている。  ——顔、めっちゃ近いんだけど……。  それに肩が重くて仕方ない。  答えようにも、ここで口を開いては、朝陽の独り言になってしまう。  それは避けたかった。  トイレの個室に駆け込み、誰も居ないのを確認してから将門に視線を合わせる。 「あのな。将門の姿は他の人間には視えないんだよ。俺が質問に答えると、独り言を喋ってるみたいで周りには変に思われる。家でなら質問に全部答えるから、部屋以外では大人しくしてくれると助かる」  下手すりゃ精神科を勧められそうだ。 「何だそんな事か。有象無象など気にしなければ良いだろう? 朝陽、お前には俺が視える。それが真実だ」  そう割りきれればどんなにいいか。  過去が断片的にフラッシュバックした。  これまでに霊が視えて良い思いをした事は無ければ、周りから良い扱いをされた覚えもない。  朝陽はいつも嘘つき呼ばわりされ、爪弾きにされてきた。  人間は異端者には恐ろしく残酷になる。 「そういう訳にはいかないんだよ。頼むから下にある塚の中にでも居てくれないか? 仕事が終わったら迎えに行くから」 「嫌だ。あそこは退屈だ。断る」  交渉は秒で決裂した。
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