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番外編2、将門に忘れものを届けよう!
「いってくる」
「ああ、いってらっしゃい」
ガッツリと重ねられた将門の唇から解放されたのは、言葉を交わした五分後だった。
少し乱れた息を整え、玄関先で将門を見送る。
「「「あさひーバスまだー?」」」
「「あさひー、はやくぅ」」
「もう来るぞ。お前ら靴履こうか」
保育園が大好きな我が子たちに靴を履かせようとすると、晴明との子が纏め役となって面倒を見ていた。
皆同い年のはずなのに精神年齢の成長具合がそれぞれ異なる。
迎えにきたバスに乗っている保育師に「よろしくお願いします」と声をかけて皆に手を振った。
家事でもしようかとダイニングに行くと、テーブルの上に将門の財布が置きっぱなしになっているのが分かって手に取った。
送迎はついているから金銭は使わないだろうが、朝から仕事へ行ったとなると、昼食や夜食……もしかしたら飲み代で使うかもしれない。
朝陽は財布を手に取るなり、将門が今日仕事をする予定であるスタジオへと向かった。
「あれー? 朝陽くんじゃないの。どうかしたの? もしかして将門くんに用事?」
振り返るとそこには顔見知りになったディレクターが立っていて、ホッと胸を撫で下ろす。
「斉藤ディレクター、いつも将門がお世話になっております。将門、財布を忘れて行ったようなので届けに来たんですけど呼んで貰う事って出来ますか?」
「そんな畏まらなくていいのに。うん、ちょっとここで待っててくれるかい?」
「はい、ありがとうございます」
日差しが強い。物陰に隠れて直射日光を避けようと身を潜ませると、ちょうど喫煙コーナーにもなっていたらしく、何人かが喋りながら歩いて来るのが分かった。
「あれー? この人確か例の……」
「あー、番が五人もいるってオメガだよね。て、凄いね五人て」
どこかバカにされているようなニュアンスを含んでいて、少し腹が立った。
それでも将門の仕事仲間だ。邪険にするのは憚られ、少し表情を崩して「どうも」と頭を下げる。
途端にニヤニヤと笑みを浮かべられた。
「将門さんに用事なんすよね? 俺らが連れて行ってあげようか?」
「結構です」
「そんなつれない事言わないでよ。行こ行こ」
「もう頼んでいるので、本当に結構です」
断ったにも拘らずに腕を取られて引っ張られる。下卑た笑いと嘲笑するかのような態度が気持ち悪い。
「ねー、毎日アイツら相手にシテんの? 凄い体力だよねー?」
「っ!」
撫で回すように親指を動かされ嫌悪感が募った。
「離してくれ! いいって言ってるだろ!」
一向に振り解けない腕をどうにかしようとしていると、第三者の腕が伸びてきて相手の手首を鷲掴みにした。
「おい、誰が俺のものに触っていいと言った?」
解放された瞬間背後に匿われる。そこには忘れ物をした主……本人がいて、ホッと胸を撫で下ろす。
「将門……」
「二度と朝陽に触れるな」
行くぞ、と言われて繋がれた手を引かれる。
「新人が調子こいてんじゃねえぞ!」
「あ゛?」
負け惜しみの一言に将門が睥睨した。その瞬間、相手が霊力の壁に当たり、風一つ無かったというのに急に突風に煽られ体を背後に吹き飛ばされる。他のメンバーも同じだった。
「将門、一般人に霊力ぶつけんなっ」
コソッと耳打ちする。
「手を上げる方が問題になって駄目だと思うが? まあいい。お前が言うならもうしない。ああいう輩がいるから俺の撮影が終わるまで中にいろ。それから一緒に帰るぞ、朝陽」
「分かった」
将門と一緒なら安全だ。コチラとしても助かる。
朝陽は将門に腕を引かれるままついて行った。
「えーー! 一緒に撮影予定だったリカちゃん来れなくなっちゃったの? インフルエンザって……マジか……詰んだ」
スマホで通話しながら斉藤ディレクターが髪をかき回している。
「あーーーー、どうしようかな。今から探すにしてもな」
何やら困っている様子だ。
不意に目が合う。
——あああ、何か嫌な予感がする……。
直感というものは結構バカにならない。朝陽に限っては当たるものである。
「ねえ、朝陽くん、身長いくつ?」
「え……170ですけど……」
ジリジリと間合いを詰められ、頭の先からつま先まで食い入るように見つめられた。
「いいね! 朝陽くん細身だし肌も綺麗だし飾ったら行けそう! ちょっとスリーサイズ測らせてくれない?」
「おい、朝陽に何の用だ?」
将門が喰ってかかる。
——そうだ、将門! もっと言ってやってくれ!
「将門くん、朝陽くんと撮影したくない? 今なら叶いそうなんだけど?」
「うむ。許そう」
獣は即懐柔された。
「裏切り者ーーー!!」
「メイクさんたちこの子早急に飾ってくれない?」
「はい、分かりました!」
あれよこれよと着物姿に着飾れ、カツラを被せられてメイクを施された朝陽は、元の顔の良さも際立ち、女優顔負けの仕上がりとなった。
「僕の目に狂いはなかった!! 良いよ、朝陽くん! そのままデビューしないかい?」
「しません」
不貞腐れながらも諦めの境地に至った朝陽は、先程から黙ったままの将門に視線を向けた。
「将門?」
「愛いな朝陽。だがその姿はこの撮影の間だけだ。また妙な虫にたかられそうだからな」
「なら初めっから断ってくれても良かっただろ? これめちゃ体重いし長いカツラで頭も重いし最悪なんだけど……」
朝陽が愚痴っていると、監督のやたらテンションが高い「はい、撮影始めるよー」という言葉でかき消された。
——さっきまでの落ち込み具合はどこへ行った!?
「ねえ、これ朝陽だよねー? 何で将門のドラマのポスターになってるわけ?」
リビングで皆でテレビを見ている時にキュウが真顔で問いかけてきた。
「う……、俺だってこうなると思わなかったんだよ」
将門の財布を届けに行ったらたまたまで……と状況を説明する。
「オレは何を忘れようか……」
ボソリと呟いた晴明に向けて慌てて手を振る。
「俺はもう届けないからな!」
「贔屓ダメだよね」
オロが不満そうに見て来るが、顔ごと背けて無視する。
「私も朝陽と撮りたい。私の相手も流行り病にかからせようかな」
「儂も現場の連中脅してくるか」
物騒な二人が声を上げたとこで、ちびっ子五人がかりで膝の上やら背中やらに乗っかられ、重みで朝陽の体は動けなくされた。
逃げ場がない。
上機嫌な将門以外からの非難の目が痛い中、「不正をせずに機会があれば」と朝陽は折れざるを得なくなった。
【番外編2、将門に忘れ物を届けよう、了】
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