祖父のマンドリン

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「音羽さんやったっけ」  共に演奏を聞いていた一年生のうちの一人、女の子が声をかけてくる。髪を明るく染めた彼女は、西の方の出身らしい。 「私も一昨日入部したばっかり。音羽さんも入ったらいいやん。一緒にやろーよ」 「……いや……でも、音楽経験ないし……」  高校や大学の部活っていうのは、だいたい中学とかから経験してきた人が継続してやるものだ。いきなり初心者が飛び込んでいい場所ではないはず。そんなことをもごもご言っていると、彼女はきょとんと首を傾げた。 「うちも初心者よ。そこにいる中田くんも山根くんも。今年の一年生は全員初心者」 「え……そうなん、ですか」 「先輩たちもみんな初心者からって言いよったし……そうですよね、片瀬先輩」  彼女が話を振ると、片瀬先輩はにこにこしながら頷いて、こちらへ戻ってきた。 「そうだよー。この辺、マンドリン部のある高校がないから経験者が大学に入ってくることがほとんどないんだ。遠くから進学してきた人に、たまにいるくらい。ギターとかコントラバスもみんなそう。ほとんど全員初心者からスタートしてるよ」 「そうなんですか……」  てっきり、小さい頃から楽器を習ってきた人たちばかりなのだと思っていた。大学から始めるというのも、アリなのか。  ベンチの上の楽器ケースにちらりと視線を向ける。祖父がずっと大切に持っていたというマンドリン。私は祖父が演奏するところを見たことはないから、どのくらい愛用していたのか知らない。けれど、若い頃に買ったものがこんなに綺麗に今も残っているということは、きっと大切にしていたのだろう。……そんなものを、寄贈するとはいえ、こうあっさりと手放してしまっていいものだろうか。  先輩がふっと柔らかく息を吐いて、座ったままの私を見下ろした。 「亡くなったおじいさまの大切な楽器なんでしょ?」  先輩の言葉に、はるか昔、小さい頃にそっと頭を撫でてくれた祖父の手の感触を思い出した。なぜこのタイミングで。懐かしさに胸がきゅっと詰まる。  「音羽さんがいいなら、この楽器は学校楽器としてありがたく使わせてもらいます。もちろん、大切にする。だけど、もし少しでも未練が……、興味があるなら、この楽器は音羽さんが使ってみたらどうかな? と、私は思うんだけど」 「……」
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