祖父のマンドリン

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祖父のマンドリン

 私がマンドリンという言葉を初めて知ったのは、高校を卒業して大学入学を控えた春休み。祖父の葬儀の日のことだった。  小学生の頃に両親が離婚して、私は母に引き取られた。交流がなかったわけではないが、遠方に住んでいたため数年に一度しか顔を合わせることのなかった、父方の祖父。三年前に体調を崩して施設に入ったきり、結局一度も会いに行かないうちに亡くなってしまった。  父方の祖母は私が幼い頃に他界したので、記憶にあるのはもっぱら祖父との記憶だ。とはいえ、両親が離婚してからは疎遠になってしまった。小さい頃は可愛がってもらった記憶がうっすらあるけれど、胸にあるのはほんの少しの寂しさだけで、涙が出るほどの悲しみではないというのが、なんだか祖父に薄情な気がして、申し訳なさもある。  身内だけを招いた小さな式のあと、親族で集まって食事をしていた時に、伯母が唐突に切り出した。 「奏恵(かなえ)ちゃん、春から大学生だよね。大学にマンドリン部はある?」 「……まん、どりん?」  私が聞きなれない単語に首を傾げると、伯母は笑いながら補足してくれた。 「楽器よ、弦楽器」 「ふうん」  音楽には縁がなかったので、あまり興味はなかった。伯母が言うには、マンドリンというのはイタリア生まれの弦楽器で、祖父が若い頃から愛用していたらしい。 「おじいちゃんの家を整理してたら、楽器が出てきてね。状態が良さそうだったけど、うちには使う人いないし、捨てるわけにもいかないし。もし大学に部活とかサークルとかあれば、備品として使ってくださいって寄贈しようかと思ったの」  なるほど。それなら有効活用されそうだ。スマホのブラウザを開いて、大学のホームページを確認してみる。部活・サークル一覧のページには確かに「マンドリンクラブ」の文字があった。 「ありそうだよ、マンドリンクラブ」 「よかった! じゃあ、後で奏恵ちゃん引き取りに来てくれない? 楽器ってデリケートだから宅配便で送るのも怖いし、奏恵ちゃんが運んでくれると安心」 「わかった。クラブに持っていけばいいんだね」 「先に学校には連絡入れておくから。……あ、もし良かったら、奏恵ちゃんが引き取ってくれてもいいのよ」 「私はいらないよ」  センスもないし、それほど音楽に興味もない。小さい頃に少しの期間ピアノを習っていただけで、この先の人生で音楽に関わることなんてないと思っていたから、へらりと笑ってスマホを置いた。 ◇
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