祖父のマンドリン

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 祖父の家は、田舎の小さな集合住宅だ。前に訪れたのはいつだったか、もう思い出せない。  葬儀の翌日、伯母の頼みを聞くために、久しぶりに祖父の家を訪れた。物で溢れていた祖父の家は、記憶にあるよりもさらに乱雑に散らかっていた。これから色々な届けを役所や保険会社などに出さなければならないので、必要な書類だとか印鑑だとかを探すために、伯母家族が家中をひっくり返したのだそうだ。その過程で、マンドリンのことを思い出したのだという。 「施設に入ってすぐの頃、おじいちゃんに頼まれて楽器屋さんのメンテナンスに出したのよね。だから状態はいいと思う」  黒いひょうたんのような形のハードケースを押入れから引っ張り出しながら、伯母が言った。 「若い頃に買って、大切にしてたみたいよ。私たちには価値とかよく分からないけど、きっといいものなんだと思う。見てみる?」  床に寝かせ、金具を外して、蓋を開ける。赤いベルベットのような生地のベッドに、その楽器は眠っていた。見た目と大きさはウクレレのような、けれどボディの後ろは亀の甲羅のように丸く、ぽってりとしたかわいらしい形の楽器だ。 「たまに弾いてるの聞かせてくれたけど、けっこう上手かったんだよ」 「へえ……」  親族の遺品の楽器を、子供や孫が引き継ぐなんて話はよく聞くけれど。 「伯母さんは弾かないの?」 「私は無理よ。奏恵ちゃん、弾いてみたらいいのに」 「私は……いいかな」  やりたくない理由があるわけではない。ただ、やりたい理由も特にない。寄贈した先で必要な人が使ってくれるならそれでいいだろうと、その程度の感情だった。  ケースに戻した楽器を抱えて、私は大学近くの一人暮らしアパートへと帰宅した。 ◇
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