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「うん、よろしく」
彼は切れ長の目を細めてふわりと微笑んだ。穏やかな雰囲気の人だ。
教えてくれた彼に礼を言って、サークル棟の階段を降りる。ピロティ、いわゆる壁のない一階部分の吹き抜けに点々と置かれたベンチやパイプ椅子で、マンドリンクラブの部員と思われる人達が集まって練習をしていた。
譜面台を挟んで向かい合い、先輩と後輩がペアになって指導をしているらしい。
あちらこちらで、じゃらん、じゃらん、と弦を掻き鳴らす音がする。マンドリンってこんな音がするのか。ぐるりと見渡すと、ギターを練習している人もいるし、隅の方ではウッドベースを弾いている人もいた。あの辺は別のサークルの人たちだろうか。
楽器ケースを持ったままぼんやりと立ち尽くしていると、練習をしていたうちの一人がこちらに気付いて立ち上がった。教えていた相手を残して、こちらに駆け寄ってきたのは小柄な女の先輩だ。長い髪をひとつにまとめた、大人っぽい人だ。
「もしかして、見学の人かな?」
「あっ、いえ……」
「楽器持ってる! もしかしてマンドリン経験者?」
ピロティに響いていたさまざまな楽器の音がぴたりと止んで、視線がこちらに集まってくるのを感じる。
経験者? ほんとに? すごい! と周囲がざわめくのを聞いて、私は慌てて首を横に振った。経験者ってそんなに珍しいのだろうか。そもそも経験者ではない。とんだ勘違いが生まれそうになっている。
「違います! 祖父の楽器を寄贈しに来ました。音羽です」
「ああ、連絡くれてた一年生の音羽さん! 失礼しました。私、三年生で広報担当の片瀬っていいます」
片瀬先輩はぺこりと礼儀正しく頭を下げて、周囲の人達にも状況を説明してくれた。
「それが寄贈してもらえる楽器? 見てもいい?」
私が楽器ケースを差し出すと、片瀬先輩は空いているベンチの上にケースを置いて、そっと蓋を開けた。
「すごい。古そうに見えない、とっても綺麗!」
周囲で練習していた人たちも、楽器を片付けてわらわらと集まってくる。代わる代わるケースを覗き込んで、感嘆の声を上げた。じいちゃんの楽器、そんなに凄いのか。よく分からない。
「ちょっと弾いてみてもいい?」
「どうぞ」
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